2011年12月17日土曜日

Google Chrome: Hatsune Miku (初音ミク)



ツイートでも言ったけど、ジャスティン・ビーバーver.を見たときに
「これのミクver.を誰か作らないかなー」と思ってた。

まさかgoogle自身が作ってくれるとは。

LAライブのミクが、たくさんの作り手のアイコンに構成されているところで
思わずグッときてしまった人は多いんじゃないだろうか。

無数の製作者の想いが「電子の歌姫」を構成している、というのは
この"現象"を比較的初期から見ていれば、大抵は知っていて当たり前のこと。
でも後発の人や外野は、案外知らないことでもある。

最近だとニコニコどっぷりの人よりも、youtubeがメインの人のほうが
より体感として認識できているかもしれない。

多くの人が言っているように、こうやって現象そのものが視認化できるようになることで
ただのキャラ萌え「だけ」のムーブメントじゃない、それだけでは語り尽せないってことが
よりたくさんの人に改めて認識されるといいなぁ・・・

2011年11月29日火曜日

去りし日々を思い出しつつ、幼魚と戯れるなど。

久々にお魚を触れたので更新。

V3の新音源まとめはまた後日ということで・・・(先延ばしにもほどがある


突然だが、うちの母方の爺さんは釣りが大好きで、海辺の高台にある家に住んでいた。

その高台をどんどん下って国鉄のガードを潜り、さらに国道を渡った先に狭い石積みの階段があって、そこからは陸揚げされた漁船の並ぶ小さな浜へ出られた。

夏休みといえば、そこでの海水浴と、山の上にある別荘地の中でのクマゼミ取り。

今でこそ裏六甲にある我が家周辺でもクマゼミは珍しくないが、当時クマゼミは「潮風の当たるところにしかいない」と言われていて、あのやかましい独特の鳴き声と透明な羽根は、アブラゼミしか知らない自分にとって貴重なものだった。

当時北欧某国の総領事の屋敷がそこにあり、近所の子たちとこっそり潜り込んでは芝生で遊んだりしていた。

金髪碧眼の、まさにお人形のような総領事の娘に見つかり、何事か話しかけられたこともあるけど、言葉が通じなくて結局フラグもへったくれもなかった。


時は過ぎ、すっかりおっさんになったわが身。

爺さんの住んでいた家は死後取り壊されて戸建て住宅が建ち、小さな浜も埋め立てや侵食で消えて、今あるのは石積みとテトラ、そしてやけに立派な漁港。

変わらないのは遠くに見える淡路島と、その途中にあるポット型の灯台くらい。


チョイ投げのエサ釣りでは何度か訪れたことがあったものの、フライで挑戦したことはないなぁ、と、今回久々に覗いてみることにした。

かつては駐車スペースがないこともあり、潮通しの良さからすればマイナーで、まさに知る人ぞ知る場所だったが、今は国道沿いにパーキングや釣具チェーン店が出来たこともあって、結構な人数が押し寄せることもあるとか。

波止の上から覗いてみると、小メバルやタナゴ、オヤビッチャが群泳しているのが見える。

先日巻いた量産型サーフキャンディを現地でじょきじょきとカットし、インタミの先につけてキャスト。


・・・何か細身の魚が追ってくる。


タナか、パターンか、それともスピードか・・・深く沈めたり、刈り込みをさらに細身に仕上げたり、リトリーブスピードを色々変えても、追えど食わないの繰り返し。

半ばヤケ気味に両手を使って高速引きをしてみたら、すぐに食ってきた。

チビカマス

「これかー」と思って再び高速引きを駆使するものの、既に体力とモチベが・・・orz

日も高くなり、小腹もすいたところで、一旦撤収することにした。


近くには小洒落たレストランがいくつかあるものの、さすがに入りづらいのでパス。

このさいだからと大移動し、昨年セイゴと戯れた漁港へ。


足元の石積みをゆっくりトレースすると、去年同様あっさりチビソイがひったくる。

正確にはタケノコメバル

体長の半分近くあるフライもがっつり

内向きの石積みを攻めきって、いざ外向きのテトラ帯に。

しかし昨年とは時期がずれていることもあるのか、追ってくるセイゴの姿はなし。

気付けば両側を別の釣り人に挟まれ、テトラ際を探ることが出来なくなっていた。

さらなる転進というのもしんどいので、なんとなくだらだらとキャストを続ける。

気分転換にラインコートをたっぷり塗り込めたら、久々にフルラインが出た。

そういえばしばらくキャス練やってないなぁ・・・。


やがて静かな港内で波紋が点々と広がりはじめ、そのうち夕立のようなボイルになった。

これはセイゴの群れかと思いながら、ボイルの移動する先へフライをキャストする。

水中でギラッと銀白色の鱗が光り、ラインに生命感が伝わるものの・・・思ったより引かない。

\残念、サッパちゃんでした!/

ぐぬぬ。

てか、サッパってあんなに激しいボイルするのね・・・さすがターポンの遠縁だけある。

小さいけど。


やがて両側の釣り人も消えたので、テトラの上を飛び移りながら際を探る。


メバルさんちーっす。

いつの間にか四目達成。

全部小さいけど。

欲かいてさらなる五目めを狙うも、タイムアップで撤収することに。

・・・実は雑用を済ませた後、さらに別の場所でセイゴを狙うも見事にスカった。


最近この界隈ではグレの増加につれて、ばんばん撒き餌を使う磯釣りスタイルが広まってきてるようで、最初の漁港では紀州の磯釣り映像で見かけるような、カラフルな雑魚の群れがテトラに張り付いていた。

以前は潮目に魚の群れなんて光景は見たことがない。

今年の大阪湾周辺は青物の当たり年だったと聞くし、海水温の上昇も絡んでるんだろうなぁ。


子供の頃の記憶とは随分変わったこの海辺だけど、この街で暮らしていられるうちは、これからもぶつくさ言いながら通うことになるんだろう。


2011年9月27日火曜日

VOCALAWSON

珍しく連続更新。

ローソン×伊藤園×VOCALOID 「VOCALAWSON 」キャンペーン
http://lwp.jp/vcl/campaign/static/vcl/



9/13から始まっていた、ローソンとY2Projectのコラボ企画が、27日をもって終了。

「ハァイ!お茶は家で作って飲むほうの(ry」な自分も、初の大規模キャンペーンということもあり、せっかくだからと乗っかった。

最寄の駅前のローソンは閉めてかなり経つので、わざわざ通勤途中の駅で降りてお茶を買ったり、それなりに手間を惜しまないあたりがアレやね。

最初に入店したときは、丁度エハミックさんの「青いコンビニであいましょう」が掛かってた。



この曲以外にもキャンペーン曲は色々と。



んでもってついさっき、なけなしの5ポイントを賭けてゲームにチャレンジしたのだが・・・わが家系は博才がないことを忘れていた。 orz

2011年9月26日月曜日

(ノ∀`)アチャー

ボカロ方面では色々と話題があったはずなのに、長期放置プレイ・・・。
まぁ新音源やら何やらは、ひととおり出揃ってからにしようかと・・・(という露骨な先送り)

でかい台風が二発過ぎ去り、お彼岸の中日も過ぎて、ようやっと初秋らしい気候になってきたなーなどと思いつつ、そろそろ魚釣りの虫がわきわきしてきたので、久々に巻いたりしてみた。

とあるブログに書いてあった"簡略化・量産型サーフキャンディー"のタイイング法を見て「これ、コーティングをタフライにすればもっと早いよな・・・」などと思ってしまったのがきっかけ。

そそくさとユニークヘアー各色を買いこんで(BPファイバーの山はどうした)、さてどうやれば効率がいいか、などと考えながら「聴き専ラジオ」のV3版GUMI各声質聴き比べなんかを楽しんでいたら、あっさり寝落ちというスカタンをかます。

起きると同時に、既にセッティングしてあったバイスに向かって、一心不乱に巻きまくる。
使ったフックはTMC811Sやら、環チヌ2号やら、がまかつのボーン用フックやら。

簡易式量産型というだけあって、数をこなすにはもってこいのパターン。

そしてタフライのご登場。

紫外線灯は至近距離からでないと硬化が始まらないのを忘れていて、うかつに触れてはシールアイをずらしまくる。

また買ってこなければ。

あーさやけーのーひかりのなかに♪

すったもんだしつつも \上手に巻けましたー(当社比)/

おそらくカタクチがベイトになっているであろう、という目算で、オリーブグリーンだけ巻くつもりだったんだけど、なんとなくアジっぽい色も欲しいなということで、ブラウンも巻いてみた。

そして雑用を済ませ、そそくさと海へ。

現場についてみれば、台風の余波なのか濁っていて、オリーブグリーンは海に溶け込んだ。

「まさか魚にも見つからな(ry」

それでもしばらくキャストしていると、影が後ろについてくる。「ほれ食えっ食わんかっ」

しかしスピードなのかタナなのか、Uターン連発。「どういうことなの・・・」

前回の釣行でテトラにラインを食われまくった反省から、今回はC&Fの折りたたみ式ラインバスケットを持って行ったものの、初の実戦投入ということもありイマイチ使いこなせない。

おまけに思いつき釣行ということもあり、ラインドレッシングも適当なので、ラインが団子になることおびただしい。

そうこうしているうちに、あっさりタイムアップ。
何故じゃー何故なんじゃーと、これまたどっかで聞いたような自問自答を繰り返しつつ帰路。

そして気がついた。
前回の当たりカラーだったイエロー系が皆無・・・。

なにやってんだか。

2011年5月9日月曜日

釣行記の後段として。

これからの文章は、一種の「愚痴」だと思って聞き流していただきたい。


実は今回の釣行ルートには、必ず近くに原子力施設がある。

              小老部川河口の東通原発。

わざわざ狙ったわけではないけれど、それだけ下北半島には原子力関連施設が多い。
逆に言えば、それらを受け入れなければ行政機能が維持できない状況でもあるのだろう。
(残念ながら「新リア王」を読んだことはないが)

大間町のアピールを「青森の恥」と罵った青森県民がいたが、原子力関連の補助金が少なからず県の財政を支えていること、今まで津軽地方からしか知事が出ていないことなどを考えれば、下北や南部エリアが自分たちの犠牲になっている事実を無視した発言と言える。

福島の件を受けて、世間では反原発運動がにわかに盛り上がっている。
では、全部止めればそれでいいのかというと、そんなに世の中は単純に出来ていない。
今までのこの国の原子力行政を無批判に擁護するのと同じだけ、盲目的な反対運動もまた害悪にしかならない。

              六ヶ所村・核燃料サイクル施設

かつてチェルノブイリ事故で反原発機運が盛り上がったときも、収束はあっさりしたものだった。
問題の本質が我が身に返ってくること、一筋縄で解決できる問題ではないことに気付き、しばらくの停滞期を経て、やがて世間は飽きた。

政治的圧力なんてなくたって、結局は国も国民も、問題の本質に踏み込むことを避けたのだ。

現にユッケ問題が出てきたとたん、原発事故やそれに伴う放射線量についてのツイートのみならず、東北の被災地の現状についてのツイートまで減ってしまった。

今やそれらの呟きを続けるのは、冷静に状況を見極めようとする一部の人々と、デマも含めて騒ぎたい人たち、この件を政治的に利用したい人たちだけになってしまったように見える。

              大間原発(建設中)

きっともう半年もしないうちに、人々はまた飽きてしまうだろう。
そのうち夏季の電力需要逼迫があるにせよ、火力が頑張ればそれらも忘れ去られるだろう。
それは福島で避難生活を余儀なくされている人々も同様。
地下鉄サリン事件が起こった途端、阪神淡路大震災の被災者が忘れられてしまったように。

人々の心理は、当時と何ら変わっていないと思われる。
今回は国内での事故ということで、状況がかなり状況が違うはずなのだが。

自分には学もなく、今回の事故がなければ「放射能」と「放射線」の区別もつかなかった程度の人間ではあるけれど、気に入らない発言をしたからと「御用学者リスト」を作ってみたり、かつて原子力関連のCMに出たというだけでタレントを吊るし上げようとする動きには、はっきり言って不快感しか湧かない。

どう考えたって、そこが本質ではないのは、この出来の悪い頭でも分かるから。

以前誰かが呟いた「ダメな反対派」が、再び醸成されているようにしか見えないのだ。

ではどうするのだ、と問われても、当然答えなんて持ち合わせてはいない。
根拠も微妙なCO2削減論に名を借りた原発推進機運は確実に退潮するだろう。
代替エネルギーへの注目も一時的なもので、コストの名の下にやがて忘れられるだろう。

文明的生活には大量のエネルギーが必ず必要で、それを手に入れるには何らかの代償が必要という、実に単純明快で根本的かつ地味な話に、真剣に向き合う人々が現われることを祈るだけだ。

それに、もう思想ごっこでお茶を濁す余裕なんて、この国にはないと思う。

丁度こんな文章があったので、〆としてリンクしておく。
http://www.mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20110501k0000m070102000c.html
>原発に限らない。
>賛成か反対か、敵か味方か。
>単純に色分けして他者を排するような社会から今度こそ脱皮したい。
>65年前の藤田の日記は「理性が支配するのが民主主義的なあり方」と続いている。

2011年5月8日日曜日

青森・下北半島釣行記(その3)

5/3(火) 続き

R338を佐井村方面へ向かう。
この時はまだ決めかねていたのだが、脇野沢の「むつ湾フェリー」に電話して状況確認をしたところ、乗船の余裕はあるとのことだったので、フェリーで蟹田へ渡り、そこから青森へ向かうことにした。

フェリーの出航は15時半、これで下北滞在のタイムリミットが決まった。
少なくとも15時前くらいには脇野沢へ入らなければならない。

この時点で10時前。
大間町内の入り組んだ道を、はやる気持ちを抑えつつ走る。

新設されたバイパスを下っていくと、奥戸(おこっぺ)の集落。
奥戸川河口からは田畑の間のダートを進み、渓流らしい景色になるあたりまで行く。
途中のには崩落した場所もあったが、一応四駆なのでやり過ごせた。
川沿いは下草もまだ伸びておらず、林道も川のそばにあるので、入渓場所には困らなかった。

              奥戸川の流れ。
              高低差が少なく、河畔の木も大きいので、フライは振りやすかった。


              マグネットがうまく付かないので見てみたら、大量の砂鉄。
              かつて採掘運搬用の鉄道が計画されたほど、下北半島は砂鉄が豊富らしい。


ヘアウィングダンを結んで、目の前の流れにキャスト。
二投ほどすると、昨日の苦労がウソのようにあっさり釣れた。

              小さいながらも、数年ぶりに手にしたイワナ。
              やはりこちらの魚はヘタクソにもやさしい。

全体的に落差は少ないものの、教科書どおりのポイントでは必ず反応があった。
瀬尻を走る魚が見えるというのも、しばらく忘れていた感覚。

やがて現われた淵を、下流から探っていく。
教科書どおりのレーンに、教科書どおりに流すと、もんどりうってヤマメが出た。
「良い型は出たときの音が違う」というのも、また教科書どおり。

              パーマークが綺麗な25cmくらい。自分の基準では良型。


              顔つきが丸い。メスだろうか。

この時点で11時を過ぎていたので、そろそろ転進しないといけない。
あと一匹追加したら移動、と心に決めて、遡行を続ける。

              先ほどより小型ながら顔が尖っている。
              メスはほとんど海へ下るので、残留型のオスが多いとは聞くけれど。

自ら課したノルマはあっさり達成できたので、そそくさと川岸をかけ上がり、移動。
林道から国道へ戻り、しばらく走ってまた林道へ入る。

              林道沿いの桜も満開。
              他にもコブシやマンサク、カタクリなどの花々があちこちで咲いていた。
              後から気付いたのだが、その中には例の「トリカブト」も・・・
              どうせなら写真を撮っておけばよかったと後悔。

              こちらも高低差の少ない流れ。(放流ないらしく、敢えて名は秘す)
              先ほどより水量が少ないので、若干不安はあったが…

しばらく反応がなかったものの、少し林道から離れるあたりで反応が出だした。

              小さな落ち込みから出た、居付きらしい色合いのイワナ。
              特にこのイワナは、お腹がイモリのようなオレンジ色だった。


              日の当たる場所から出る魚は、色合いがまた違う。
              個人的にはニッコウ系よりも白斑の多いアメマス系が好み。

この時点で時刻は12時を回っている。
頑張れば「ツ抜け」も可能と思われたが、フェリーの時間に遅れるわけにはいかない。
後ろ髪ひかれつつ川を後にした。

              結局このヘアウィングダン一本で通した。
              すっかりくたびれているが、こんな状態でもまだ浮力は維持している。
              今まではあまり使わないフライだったが、また巻いておかないと。

佐井村から脇野沢へのR338は非常に曲がりくねっていて、アップダウンも激しい。
普段から再度山など六甲の山道で慣れているものの、しんどさはその比ではなかった。
今回のようなツマミ食い釣行でもなければ、とてもじゃないが辛くて完走できなかったと思われる。

途中休憩を挟みながら、福浦の集落からの上り口に来たところで、目前の異様な山に気付く。
丁度モヤがかかっていて、いかにもRPGの魔王が棲んでいそうな岩山。
写真を撮りたかったけど、狭い道に往来が思いのほか激しく、止める間がなかった。
後で調べたら「縫道石(ぬいどういし)山」というそうで、東北百名山にも選ばれているらしい。
http://www.toonippo.co.jp/photo_studio/mountains/shimokita/nuidouishi/pic2.html

              途中、仏ヶ浦を見通せる展望台があった。
              携帯の写真機能ではこれが限界・・・

一旦かわうち湖方面へ抜ける道との分岐付近で平坦な牧草地に出るものの、しばらくするとまた山中のワインディングロードになる。
道の脇にはまだ残雪がたくさんあった。

やがて山頂を縫うような場所を過ぎ、一気に下り。
すぐそばを脇野沢川が流れているが、見に行ったり釣りをする余裕はなかった。

民家がちらほら見えてきたあたりに道の駅があり、ここで一旦休憩。
時計を見ると15時まであと少しだったので、ミネラルウォーターを買ってすぐに出発。
脇野沢港に着いてチケットを買ったら、丁度フェリーが入港するところだった。

              むつ湾フェリー・かもしか号。
              対岸の蟹田港と脇野沢港を約1時間で結ぶ。
              前日は強風のため欠航していたらしい。


              脇野沢港から津軽半島を望む。
              港内で釣りをしていた人が、チョイ投げで見事なカレイを釣るも「こんなのいくらでも」。
              そして足元のテトラ際には、美味しそうな藻場が。
              時間的余裕さえあれば…。

乗船を済ませてデッキに上がると、すぐに船は動き出した。

              雪を頂く恐山山地が遠ざかっていく。

              脇野沢港のすぐ近くにある「くじら岩」。
              そういえばtwitterではあまり出会わなくなった気が…

今度いつ来られるかはわからない。
今回だって、ほぼ10年ぶりの青森訪問だったのだから。

でも、きっと自分のことだから、我慢しきれずまた来ることになるだろう。
そんなことを考えながら下北半島を後にした。

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青森・下北半島釣行記(その2)

5/3(火)

昨日とは打って変わって静かな朝。
まずは朝湯を一発キメ、朝食と清算を済ませて出発。

途中道沿いに川を見つけてチョイ流しするものの、すぐ上に新設の堰堤があるせいか、昨日の川と違って魚っ気ゼロで早々に見切る。
(この時点で、津軽海峡を見ながら釣るのは諦めた)

本来であれば、さっさと佐井方面へ向かうべきところを、ボカロクラスタとして「大間」をスルーするわけにもいかず…。


オオマさん - ニコニコ大百科
http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%83%9E%E3%81%95%E3%82%93

フノリ取りだろうか、途中の磯場ではたくさんの人が岩をタオルでこすっていた。
大間崎周辺は国道から逸れることもあってか、結構入り組んでて少し迷ったけどなんとか到着。
想像していたより周辺には民家が多かったが、風が強い土地柄もあってか周囲の樹木はみな背が低く、背が高いものも枝が一方向にだけ伸びていたりして、地の果て感を演出していた。

              本州最北端の碑

              大間崎の沖に浮かぶ弁天島。その向こうには、うっすらと北海道が。
              弁天島との間の「クキド瀬戸」はかなり浅く、アマモがたくさん生えている。
              ウェーダーを穿いたおじさんが、結構な沖合いで出て何か獲っていた。

              そしてオオマさんキタ━━━(゚∀゚)━━━ !!!!!
              本場ものだけあってなんと言う存在感、そして漂う威厳。
              たこルカさんを所持していないのが悔やまれます。

              凛々しい口元には、大きな釣り針が。
              日々繰り広げられる、漁師たちとの激しい戦いを連想させます。

岬の周辺は磯場やテトラなど、美味しそうなポイントもたくさん見られたが、時間的に厳しいのもあって釣りは断念。(一応海フライのライトタックル一式も持ってきていた)

そばの土産物屋で「マグロ一筋」Tシャツや、昼飯代わりのカマ焼きなどを買い、R338を佐井村方面へ向かう。

2011年5月6日金曜日

青森・下北半島釣行記(その1)

5/2(月)

一夜明けて、相変わらずの風の音に目が覚める。
テレビをつけると、北海道のテレビ局が映った。
まぁ函館が見える距離やしなぁ、などと思いつつしばし見入る。
お天気おねーさんによれば、雨はマシになるものの、風は強いままらしい。

部屋にストーブが置いてあるくらいで、GWとはいえ下北は肌寒い。
特にこの日は3月下旬並みの気温だったので尚更。
ぼんやりしていたら体が冷えてきたので、朝湯としゃれ込んだ。
せっかく24時間入り放題なんだから、堪能しないと。
再びほこほこになると、朝食の時間まで二度寝。

朝食を済ませたら、身支度を整えていざ出撃、と行きたいところながら遊漁券がない。
昨日のうちに買うつもりが、飛行機の遅れで宿への到着を優先した結果、入手し損ねていた。

下風呂の漁協では川の取り扱いをしていないらしく、今日は以前釣り歩いたことのある上北方面をまわるつもりだったのもあって、とりあえずむつ市内まで出ることに。

道中にコンビニがあったので、さっそくマップルを買い込んでプランを練る。

そして「海辺で渓流魚」というアホな野望を抱きつつ、少し大畑方面へ戻ることにした。
有名どころの大畑川は、かつてさんざん支流に潜り込んだりもしたので、今回はパス。

              風裏だったこともあって、あまり荒れているようには見えないが、実際には
              沖で白兎が飛び跳ねている津軽海峡。
              うっすらと北海道が見える。

              下北半島沿岸には、こんな感じで海に直接に注ぎ込む渓流がいくつもある。


上の写真のような川のひとつ、R338が通る橋の下にある小さな淵を覗き込むと、小さなヤマメが流下するエサを待ち構えていた。
なんという御誂え向きなシチュエーション。(釣れたという事実が大事なので、このさいサイズは関係ない)

実は以前、岩手北部の同様の川では、同じ状況のヤマメ(やっぱり小さい)を釣り上げている。
その時と同様に、#22に巻いたパラミッジを結び、浜のほうからじわじわ近付く。

久々の実戦、魚が見えるという状況、そして折からの強風に、キャストがままならない。
何度も何度もラインが水面を叩くものの、奴はまだ定位したまま気付かない。

何度目かのトライで、なんとかレーンに入った。
よーしよーしそのまま…出た!…乗らない。
そんなことを2度ほど繰り返した後、向こうもいい加減イラついてきたのか、最後には半身を水面に躍らせてがっつり。
よっしゃ!と思って合わせると、見事に石に化けていた…(´・ω・`)

これがケチのつき始めだったのか、上北方面に転進するも、この日は結局丸ボ○ズ。

              東通村にある小老部(こおいっぺ)川。
              パラシュートに一度だけアタックがあったものの乗らず。


              一両日の強風でへし折られたと思しき、裂け目も生々しい大木。
              釣ってる最中にこんなのが上から落ちてきたら大変だ。

              同じく東通村にある老部(おいっぺ)川。
              以前これより下でイワナを釣ったことがあるものの、そのあたりの国有林は
              伐採されてしまっていたので、なんとなくさらに上流を目指した。
              クマの脅威に怯えつつ頑張って遡行したものの、結局アタックすらなし。

              ガラにもなく、湿地のミズバショウに癒しを求めたり。
              でもこの身を本当に癒せるのは、渓魚の匂いとヌルなんだ…。

この後、以前イワナが釣れた自衛隊の射場近くの馬門川(釣っている最中に連射されて驚いたことがある)や、六ヶ所村のほうの老部川などをまわるも、強風と気温低下、そして夕闇に迫るクマの恐怖にすっかり気が萎えてしまって、もはや竿を出す気にはならなかった。
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打ちひしがれて宿に戻ったら、ウニや横浜町名物のナマコ(黒くて、見慣れた赤ナマコとは少し歯ごたえが違う)、トコブシ、カレイの煮付けなどが待っていた。
海産物は大好きなので、すっかり機嫌を直すこの単純さ。

翌日は朝から出発なので荷物をまとめ、寝床でtwitterに写真を投下したり、マップルと睨めっこしながら寝落ちした。

2011年5月5日木曜日

青森・下北半島釣行記(その0)

思い立ったが吉日と、あれこれ予約しだしたのが4/28~29という、ギリギリもいいところ。

そんな状況にもかかわらず、飛行機と初日・二日目の宿があっさり取れて、「あーやっぱり影響あるんやなぁ」などと思っていたら、行きも帰りも飛行機は満席だったり、最終日の宿は青森市内だったこともあって、探しまくらないとだめだったりで、結局みんな考えることは同じだったらしい。

そして出発の5/1、何事もなく伊丹から飛行機(以前より小型化していた)は飛び立った。
せっかく窓際を押さえたのに、機内から見る下界は雲にさえぎられて何も見えず。

そして虫の知らせではないだろうけど、ぼんやりと「そういえば青森空港って霧に弱かったなぁ…」とか思い出していたら、「現地は霧が出て着陸できない」と機長から。
おいおいマジかと思いつつ「これは美味しい」と考えてしまう悲しきネタ体質。

結局燃料の加減もあって、青森上空で霧が晴れるのを待つことができず、新千歳に代替着陸。
これが人生初の北海道上陸という…ちょっと美味しすぎて泣きそうに。

新千歳で燃料補給を済ませ、予定から遥かに遅れて青森着。
さっそく宿へ遅れる旨の連絡を入れ、へろへろになりつつ、手配していたレンタカーに荷物を載せて、一路下風呂温泉へ。


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全行程138km、3時間超のロングドライブという強行軍。

渋滞もなく、以前より路面が良くなった(気がする)R4を、ひたすら陸奥湾に沿って走る。
途中ぱらついていた雨は暗闇迫る中いよいよ強くなり、そのうち強風を伴うじゃじゃ降りに。

AMラジオをつけたら、RABの人気番組「良平のラジオにおいでよ」をやっている。
この番組には、青森の言葉のヒアリング学習で世話になった。
ただ、やはりメインが津軽弁なので、南部や下北で出会ったお年寄りの言葉は「わがンねがっだ」。
今回も凄まじいまでの難解な投稿を、すらすらと読み上げる良平さんに感心しつつ聞いていた。
(方言全般に言えることだけど、大和言葉のまともな知識があればそうでもないかも)

R279はかつて何度も走っているし、レンタカーにはナビがある。
とはいえ、なにせ10年近く前の記憶をアテにするのはちょっと…。
そして意味もなくバイパスを避け、旧道へ迂回させたがるナビのねーちゃん。

車内に鳴り響く津軽弁、ボケるナビ、迫る夕闇、吹き荒れる風雨…なんというカオス。

コンビニに立ち寄ることもままならず、手元にはマップルもない。
解像度の低いナビの地図を頼りに、なんとか宿に辿りついた。

下風呂温泉はこんなとこ。
http://www.shimohuro.com/%E4%B8%8B%E9%A2%A8%E5%91%82%E6%B8%A9%E6%B3%89%E9%83%B7%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

今回お世話になった「坪田旅館」さん。
http://www.tsubota.burari.biz/index.html

まずは延着を詫び、既に漂う硫黄臭に誘われて早速風呂へ。
この宿は三つある源泉のうちの「新湯」を引いているそうで、木の浴槽に白濁した湯のかけ流し。
湯の花が溜まるのを抑えるためか、湯口にはネットが被せてあった。
元々源泉が熱いため加水してあるらしいけど、それでもお湯はちょっと熱め。
とはいえ、都内の浴場のような熱さではない。
(大体なんであんなに熱いんだろね…)
飛行機に閉じ込められ、ロングドライブで凝り固まった体をばきぼきとほぐしてマターリ。

ほこほこに茹で上がったら、浴衣と丹前を着込んで遅い夕食。
自分へのお疲れさんの意味も込めて、地元のお酒「関乃井」をつけてもらった。

部屋に戻って荷解きを済ませ、わざわざ持ってきた「小粋」で一服。
外は相変わらずの暴風雨。
テレビを見ると、明日も荒天だと告げていた。

釣行記の前段として

(我ながら、どんだけ更新さぼってんだと・・・。)


まず、今更ながら、東日本大震災で被災された皆さんに、心からお見舞い申し上げます。

「一日も早く元通りの生活に戻れるよう」なんて言葉は、阪神淡路の状況を見ている身としては、とてもじゃないけど言えない。
実際自分を含め、みんな大なり小なり、何らかの変化はあったから。

自分の場合は直接被災したわけではないけれど、十数年経った今でさえ、ちょっとしたきっかけで当時のことがフラッシュバックする。
今回も繰り返し流される映像のおかげで、ちょっと体調を崩したり悪夢を見たりがあった。

ただ、それは毎日毎週のことではない。

軽々しく「癒し」の必要性を口にする人が多いけれど、自分の実感はちょっと違う。
だって癒したところで、完全治癒させることなんてできないんだから。
いずれ否応なく「日常」が押し寄せてきて、それどころじゃなくなる。
日常生活のあれこれによる心の上書きが、結果的に痛みをやわらげていくんだと思う。
少なくとも自分はそうだった。

それを悲しいと感じる人もいるかもしれない。
けど、伝えるべき人に伝えるべきことを伝えていれば、それで十分。
なにも四六時中あの地震や津波に付き合う必要はないんだから。
(原発関連のことは現在進行中でもあるので、そうもいかないけれど)


だから敢えてこう言わせて欲しい。
一日も早く、心穏やかに過ごせる日々が訪れますように、と。


で、現地でボランティアというガラでもないし、とはいえ何らかの形で東北復興の役に立ちたいなと思っていたら、こんな記事が目に入って「ふーむ…」となったわけですわ。

JATA(日本旅行業協会)ニュースリリース-東日本大震災からの復興に向けた宣言






てなわけで、三八上北エリアを除いて比較的被害が少なく、訪れても復興の妨げになることもなく、尚且つ観光産業が間接的ダメージを受けていることから、青森は下北半島へ3泊4日の旅に出ることにした。