4月30日(火) 前半
早朝に三ノ宮からシャトルバスで伊丹空港へ。
事前のネット予約で予めQRコードを出力してあったのもあって、スムーズに搭乗手続きが終わったので、 喫煙室から空港内のフリースポットを使おうとNexus7を立ち上げてみたものの、電波が微弱すぎて使えない…。
(後に待機ロビーの喫煙室でならまともに使えたことを知るも、時既にお寿司)
一昨年の青森行きより大きめの機体でいよいよ飛び立つと、例によって雲海で視界が遮られてしまい、仕方なく志の輔がタイで披露したという落語を聴いて過ごす。
…何のための窓際の席か。
やがて着陸態勢に入り、阿武隈山地上空から一旦海へ出て、陸へ向かって雲の海を抜けると、視界には松林の残骸と、その向こうに広がる泥灰色の荒野と、せわしなく動く豆粒のような重機やダンプ。
預けていた荷物を受け取り、レンタカー屋のマイクロバスで事務所へ向かうと、短い道中には廃墟と化したカラオケボックスや、倒れた看板なんかがそのままになっていて、到着した事務所の窓にも津波の水深のラインが。
東南海発生時、自分が今勤める職場あたりの予想水深がだいたい同じくらいだったので、イメージより高い位置に驚いた。
車を受け取って、空港のすぐ脇にある貞山堀を渡り、道沿いに北へ向けてしばらく走ってみると、そこらじゅうに基礎や門柱だけになった家の跡。
遠目に一軒だけ生き残ったような大きな家も、近づくと一階部分が柱だけ。
わずかに残った松林の中の空き地に車を止めると、目の前にはビニールを枝にぶら下げたまま立ち枯れた木と、足元の砂にはたくさんの陶器や屋根瓦の破片。
さらに堅固で高い堤防を築くための工事をしているらしく、ひっきりなしにダンプが通っていく。
早くもこの時点で、「まだ早かったかもしれない」という思いと、「今しか見られない光景じゃないか」という思いの葛藤が始まっていた。
松島湾での釣りのため、予約していたチャーター船の船主から「今日は海上の風が強いので出られないかも」という連絡が入ったが、まあ話も聞きたいし、行くだけ行きますと告げた。
貞山堀の東側の道を、北へ向かって延々と走っていくと、やがてゆるやかに左へカーブしていき、再建されたばかりと思しき真新しい住宅街の脇を通って、仙台バイパスと交差する。
真上には、空港方面とJR名取駅を結ぶ鉄道の高架があったが、しっかりした免震構造になっていた。
阪神淡路の直前、宮城を大きな地震が襲ったとき、「仙台は昔から地震の多い土地柄」というのを聞いて、意外に思ったことがあった。
逆に言えば、それだけ普段から備えていた土地だったのに…とも言える。
東北随一の都市と呼ばれるだけあって、仙台バイパスはかなりの量の車が走行していて、復興作業なのか観光目的なのか、様々な土地のナンバーをつけた車を見かけた。
バイパス沿いは、ちょっと見ただけでは震災の影響を感じなかった。
ラジオでも「GWで他県からお越しの皆さんへ『方言かるた』のお土産を」とかなんとか。
やがて最初の目的地であるフライショップに着くと、店の前になにやら張り紙が。
『4/29~30、お休みします』 … (ノ∀`)アチャー
もうひとつのフライショップもNexus7で調べると
「火曜定休」 …(ノ∀`)(ノ∀`)(ノ∀`)ジェットストリームアチャー
早朝に三ノ宮からシャトルバスで伊丹空港へ。
事前のネット予約で予めQRコードを出力してあったのもあって、スムーズに搭乗手続きが終わったので、 喫煙室から空港内のフリースポットを使おうとNexus7を立ち上げてみたものの、電波が微弱すぎて使えない…。
(後に待機ロビーの喫煙室でならまともに使えたことを知るも、時既にお寿司)
一昨年の青森行きより大きめの機体でいよいよ飛び立つと、例によって雲海で視界が遮られてしまい、仕方なく志の輔がタイで披露したという落語を聴いて過ごす。
…何のための窓際の席か。
やがて着陸態勢に入り、阿武隈山地上空から一旦海へ出て、陸へ向かって雲の海を抜けると、視界には松林の残骸と、その向こうに広がる泥灰色の荒野と、せわしなく動く豆粒のような重機やダンプ。
預けていた荷物を受け取り、レンタカー屋のマイクロバスで事務所へ向かうと、短い道中には廃墟と化したカラオケボックスや、倒れた看板なんかがそのままになっていて、到着した事務所の窓にも津波の水深のラインが。
東南海発生時、自分が今勤める職場あたりの予想水深がだいたい同じくらいだったので、イメージより高い位置に驚いた。
車を受け取って、空港のすぐ脇にある貞山堀を渡り、道沿いに北へ向けてしばらく走ってみると、そこらじゅうに基礎や門柱だけになった家の跡。
遠目に一軒だけ生き残ったような大きな家も、近づくと一階部分が柱だけ。
わずかに残った松林の中の空き地に車を止めると、目の前にはビニールを枝にぶら下げたまま立ち枯れた木と、足元の砂にはたくさんの陶器や屋根瓦の破片。
さらに堅固で高い堤防を築くための工事をしているらしく、ひっきりなしにダンプが通っていく。
早くもこの時点で、「まだ早かったかもしれない」という思いと、「今しか見られない光景じゃないか」という思いの葛藤が始まっていた。
松島湾での釣りのため、予約していたチャーター船の船主から「今日は海上の風が強いので出られないかも」という連絡が入ったが、まあ話も聞きたいし、行くだけ行きますと告げた。
貞山堀の東側の道を、北へ向かって延々と走っていくと、やがてゆるやかに左へカーブしていき、再建されたばかりと思しき真新しい住宅街の脇を通って、仙台バイパスと交差する。
真上には、空港方面とJR名取駅を結ぶ鉄道の高架があったが、しっかりした免震構造になっていた。
阪神淡路の直前、宮城を大きな地震が襲ったとき、「仙台は昔から地震の多い土地柄」というのを聞いて、意外に思ったことがあった。
逆に言えば、それだけ普段から備えていた土地だったのに…とも言える。
東北随一の都市と呼ばれるだけあって、仙台バイパスはかなりの量の車が走行していて、復興作業なのか観光目的なのか、様々な土地のナンバーをつけた車を見かけた。
バイパス沿いは、ちょっと見ただけでは震災の影響を感じなかった。
ラジオでも「GWで他県からお越しの皆さんへ『方言かるた』のお土産を」とかなんとか。
やがて最初の目的地であるフライショップに着くと、店の前になにやら張り紙が。
『4/29~30、お休みします』 … (ノ∀`)アチャー
もうひとつのフライショップもNexus7で調べると
「火曜定休」 …(ノ∀`)(ノ∀`)(ノ∀`)ジェットストリームアチャー