2013年5月8日水曜日

宮城~福島縦断旅行 その2

4月30日(火) 後半

 利府バイパスを東進、チャーター船のある塩竈の小さな漁港へ向かうと、津波で破壊されたと思しき痕跡があちこちに。

 また、押し寄せた泥のせいで港が浅くなったらしく、浚渫作業中の看板が出ていた。

 港内をぶらぶら歩いていると、潮の引いた波打ち際で、黙々と何かを掘っている人たちがいる。

 「お昼休みの間に、アサリ取ってるの」とのこと。

 やがて船主が到着し、「海上の風がおさまらないので、やはり出船はできない」と詫びられた。
 
 他には
 「津波で使っていた船が流され、昨年ようやく再開できたところ」
 「この時期はフライだとあまり良くないが、良い時期はソイが浅場でライズする」
 「七ヶ浜の『松ケ浜』あたりなら風裏になるかもしれない」
 との話。

 まあ松島あたりもぐるっと回って、できそうな場所で竿を出してみます、と漁港を後にした。

 ナビで松島町方面への道を調べていると、奥松島の手前に「東名」という見覚えのある駅名が。


  この動画で強烈に印象付けられた地名。

 「…寄っていくか」


 観光客で賑わう瑞岩寺の門前を通り、海沿いの道を奥松島方面へ向かうと、動画にも出てきた陸橋の脇には代替バスの停留所が。

 陸橋を越え、運河の手前を右折し、東名駅へ。


 陸橋の土手にはシバザクラが植えられていた。


線路は撤去されていたものの、踏切横の駅名看板や、周辺のガードレールは津波の力でひん曲げられたままで、運河沿いは水門こそきれいになっていたが、周囲の法面はまだ壊れたままだったり、今まさに解体中の家屋があったりで、まだまだ復興にはほど遠い印象だった。


 南相馬のステッカーを貼った神戸ナンバーのジムニーがたまたま駅前にいたが、こちらを不審そうに一瞥するとすぐに走り去った。

 野蒜方面へ向かう道を右へ反れ、嵯峨渓から宮戸島へ渡り、小さな漁港で写真を撮った。



 さらに島の奥へ進もうとすると、道路の右手にあった小さな入り江の中、それは見えた。


 白いダイハツムーブが、泥の海の中にぽつんと浮かんでいた。


 あれから2年以上経っているのに。

 自分が今走っているこの道から流されたんだろうか。

 かつて自分が起こした、横転事故の時の記憶が蘇る。


 鼓動が早くなり、頭の中でまた葛藤が始まる。


 顔を両手でパンパンと叩き、気合を入れなおしてハンドルを握り、さらに道を行く。

 奥松島パークラインから宮戸の集落に入り、縄文村資料館の前でタバコ休憩。


 このあたりは、縄文時代から人の営みがあり、大規模な貝塚が見つかっているそうだ。

 「…ホテルへ向かおう」


 途中、またあの白いムーブが見えた。


 補修中の砂利道を進んで運河を渡り、東名の陸橋を越えて、再び国道45号線を塩竈方面へ。

 やがて杉の入あたりまで戻ってきたとき、ふと松ケ浜を勧められていたことを思い出し、ちょっと寄ってみることにした。

 先ほど見た光景もあって、躊躇はしたが、せっかく持ってきた道具を塩水に浸したいとも思った。




 外向きのテトラは大きすぎて乗るにはちょっと厳しそうだが、たしかに港内は風裏で、キャストに支障はなさそうだ。

 しかしいざカウントダウンしてリトリーブしてみると、とにかく藻やゴミがやたら引っかかる。

 あまり水質は良くないようで、水面を見るとアカクラゲが長い触手をなびかせて泳いでいた。

 結局数投だけして道具をしまい、写真を何枚か撮って松ケ浜漁港を後にした。


 途中、あちこちにある岩肌に、ぽこぽこと奇妙な穴が開いているのに気付く。

 古代の豪族の墓の跡らしい。


 ホテルに着いてひと段落した後、チャーターボートに払う予定だった金が浮いたこともあり、塩釜駅前の寿司屋で晩飯を食うことにした。

 特上にぎりを頼むと、定番ネタが並んだ大皿が出てきた。

 「美味い…」

 名高い漁業基地だけあって、どのネタも美味かったが、特にアナゴが絶品だった。

 アナゴは瀬戸内産も有名だが、身のやわらかさが全くの別物で、最初は蒸してあるのかとか、種類自体が違うのかと思ったが、どうも生息環境の賜物らしい。

 いくつかお薦めネタを美味しく頂いた後、口直しのイチゴシャーベットを頂くと、手作りらしいこれがまた美味かった。

 ありがちなイチゴ風味の何かではなく、ちゃんとイチゴの味がした。

 回転寿司やスーパーの安物で我慢せずに、たまには贅沢しないとなぁ、と痛感した。

 横に座っていた赤ら顔のおっさんがしきりに大将に絡んで、ちょっと鬱陶しいなぁと思っていたが、去り際に「たまにしか来られないけど、俺もこうやって復興には貢献しねぇとなぁ」とか言いつつ、ぱっと万札を数枚切った。

 目線の先を見ると、店内に津波の到達ラインの印が書いてあった。

 おっさんはガハハと笑うと、また来ると言い残して帰っていった。

 津波は駅前まで到達していて、店主たちは三階に避難して無事だったらしい。

 三階から写したという、泥水逆巻く当時の写真も見せてもらった。

 その後はホテルに帰って風呂に入り、移動の疲れもあってすぐに寝た。

 恐れていた悪夢は見なかった。