2013年5月9日木曜日

宮城~福島縦断旅行 その3

5月1日(水)

 ホテルのラウンジでモーニングを食べていると、「お前の滞在期間中は低温と強風に祟られっぱなしだよ」と、天気予報のおねーさんに宣告される。

 まあ覚悟の上で来てるけども。

 中二日は基本的には移動日というのもあって、google mapで道中のルートを考えるうち、昨日も寄った七ヶ浜の北東端、仙台火力発電所の脇に小さな漁港を見つけた。

 ここも津波の痕跡が生々しい。


歯抜けになった松林の向こうに見える発電所も、大きな被害を受けたそうだ。 

 沖向きの堤防にひとりだけ投げ釣りの人がいて、時々いい型のアブラメを釣り上げていた。

 目の前の水道を遊覧船が通り過ぎていく。

 港内は思いのほか水深が深く、ゆっくりラインを沈めて藻の間を狙ったり、崩れた岸壁沿いに流してみたりしたが、特に反応はなかった。

 外向きに投げてみたかったが、折からの強風に加え、ホンダワラが大量に茂っていて、とてもフライでは探れそうになかった。

 港の一番奥には大量のアミがいて、周囲で小魚が跳ねていた。

水中の白いものが全てアミ
豊饒の海を支える重要な餌生物。

 さらにその周りにいるであろう魚食魚を探るも、かかって来るのはゴミばかり…ありゃりゃ。

 まぁ時合とか潮とか一切考えてなかったからねぇ…。

 散歩に来ていた地元の人と少し話した後、道具をたたんで漁港を離れた。

 利府町あたりを走っているとき、トイレと道中の飲み物を確保するためにファミマへ入ったら、あれだけ地元を探しても出会えなかった「メイコの日本酒」がしれっと置いてあった。

めーちゃああああ(ry
二軒のフライショップで、長らく探していた西山さんのバスビデオほか色々と手に入れた後、JR東仙台駅近くの「鐘崎」で笹かまと牛タンスモークを買い入れ、混雑が予想される仙台中心部を避け、仙台東部有料道路で山元町まで南下する。

 左手には、広々と開けた「宮城野」が見渡せ、どのくらい向こうにあるのか、はるかに霞む松林。

 その先は海。

 国土地理院の浸水マップによれば、津波はこの高架を越えて、さらに内陸まで達したらしい。


 代掻きの時期にも関わらず、塩水に浸かった田んぼには、冬枯れの雑草が茂っていた。

 塩害の解消と雇用、産業の確保のため、ここで綿花を栽培しようという動きがあるそうだ。


 岩沼I.C.を過ぎたあたりで交通量は激減、やがて片側一車線になり、そのまま山元町で国道6号に合流する。

 料金所を出てしばらく走り、ナビに映ったため池を見に行くと、地震で崩れたのか土手の工事で水はほとんどない上、フェンスがしてあって「釣り禁止」の看板が…あらら。

 再び国道6号線に戻り、ひたすら南下。

 交通量は相変わらずだが、工事関係の車の比率が高くなってくる。

 やがて阿武隈山塊の東端にかかり、国道は谷間を縫うようにアップダウンを繰り返す。

 とある谷あいに差し掛かったところ、道端に「ここより津波浸水区間」の看板が設置されていた。

 どう見ても谷底から標高20mくらいはあるし、左手は山に遮られて海なんか見えない。

 にわかに信じられなかったが、少し下った道端には、破れたビニールを纏った枯れ木があり、道の西側に伸びる谷間の田んぼは土手が崩れ、灰色の地面に点々と雑草が生えていた。

 津波はこの谷間を駆け登っていったらしい。


 そのうち宮城-福島の県境を越え、新地町に入る。

 県境の小さな峠を越したところに池があり、ちょっと寄ってみることにした。

 車を止めると、土手側にスピニングを持った防寒着姿のバサーが何人かいたが、相変わらず風は強く、気温も10℃前後。

 しばらく広いシャローへキャストを続けたが反応もないし、寒さが我慢できなくなったので撤収。

 悉くお天気おねーさんのおっしゃる通り。


 6号線へ戻り、相馬方面へさらに進む。

 やがてナビは6号線をはずれ、相馬の市街地へ向かう道を示した。

 次の目的は「鳥久」の相馬牛。



 夕飯には早く、昼飯には遅すぎる時間だったが、店主ご自慢のやわらかくて肉汁たっぷりの焼肉定食は、噂どおり実に美味かった。

 レジのおばちゃん曰く、「震災後にボランティアで来た全国の学生さんたちが、地元でこの店を宣伝してくれるから、それを聞いて来てくれる人が多いよ」とのこと。

 お土産兼晩飯、そして酒のアテとしてミンチコロッケを買い、松川浦のそばにある釣具店へ。


 ここの店主は以前から頻繁にブログを更新していて、線量含め現地の様子をこまめに伝えているので、少し話を聞いてみたいと思って寄ってみた。

 たまたま店主が不在だったため、間繋ぎに店主の親父さんが相手をしてくれていたのだが、しばらくすると店主が帰宅したので、改めて当時の話やこれからの話、自分がこの二日で見聞きして感じたこと、神戸の震災のときはこうだった、など長々と話し込んだ。

 店主からは、問題の解消は一代では無理だと腹を括っていること、相馬市内でも被害の度合いやその立場によって認識のギャップがあること、原発の恩恵を受けながら、今は被害者然としている人間たちへの怒り、後継者問題を含めた漁業者の憂鬱、旧30km圏内の被災当時そのままの地区の話、真偽不明の奇怪な目撃談、その他いろいろなことを聞いた。

 「現地へ行けば何か見えるかなと思って来たんですけど、余計にわからなくなりました」

 「なるようにしかならないよ」


 なるようになる。
 
 なるようにしかならない。

 あの頃の神戸も結局そうだった。

 膨大な時間と、日々の地道な積み上げしか方法はない。

 少し買い物をして店主に別れを告げ、夕暮れの松川浦を後に今日の宿へ向かった。

 翌日は長時間運転になるので、ルートと時間配分を考えながらメイコ酒を飲み、アテをパクつくうち、眠くなってきたので風呂に入ってすぐに寝た。


いつもより酒の回りが早かった気がしたが、メイコ酒のせいではないと思う。

2013年5月8日水曜日

宮城~福島縦断旅行 その2

4月30日(火) 後半

 利府バイパスを東進、チャーター船のある塩竈の小さな漁港へ向かうと、津波で破壊されたと思しき痕跡があちこちに。

 また、押し寄せた泥のせいで港が浅くなったらしく、浚渫作業中の看板が出ていた。

 港内をぶらぶら歩いていると、潮の引いた波打ち際で、黙々と何かを掘っている人たちがいる。

 「お昼休みの間に、アサリ取ってるの」とのこと。

 やがて船主が到着し、「海上の風がおさまらないので、やはり出船はできない」と詫びられた。
 
 他には
 「津波で使っていた船が流され、昨年ようやく再開できたところ」
 「この時期はフライだとあまり良くないが、良い時期はソイが浅場でライズする」
 「七ヶ浜の『松ケ浜』あたりなら風裏になるかもしれない」
 との話。

 まあ松島あたりもぐるっと回って、できそうな場所で竿を出してみます、と漁港を後にした。

 ナビで松島町方面への道を調べていると、奥松島の手前に「東名」という見覚えのある駅名が。


  この動画で強烈に印象付けられた地名。

 「…寄っていくか」


 観光客で賑わう瑞岩寺の門前を通り、海沿いの道を奥松島方面へ向かうと、動画にも出てきた陸橋の脇には代替バスの停留所が。

 陸橋を越え、運河の手前を右折し、東名駅へ。


 陸橋の土手にはシバザクラが植えられていた。


線路は撤去されていたものの、踏切横の駅名看板や、周辺のガードレールは津波の力でひん曲げられたままで、運河沿いは水門こそきれいになっていたが、周囲の法面はまだ壊れたままだったり、今まさに解体中の家屋があったりで、まだまだ復興にはほど遠い印象だった。


 南相馬のステッカーを貼った神戸ナンバーのジムニーがたまたま駅前にいたが、こちらを不審そうに一瞥するとすぐに走り去った。

 野蒜方面へ向かう道を右へ反れ、嵯峨渓から宮戸島へ渡り、小さな漁港で写真を撮った。



 さらに島の奥へ進もうとすると、道路の右手にあった小さな入り江の中、それは見えた。


 白いダイハツムーブが、泥の海の中にぽつんと浮かんでいた。


 あれから2年以上経っているのに。

 自分が今走っているこの道から流されたんだろうか。

 かつて自分が起こした、横転事故の時の記憶が蘇る。


 鼓動が早くなり、頭の中でまた葛藤が始まる。


 顔を両手でパンパンと叩き、気合を入れなおしてハンドルを握り、さらに道を行く。

 奥松島パークラインから宮戸の集落に入り、縄文村資料館の前でタバコ休憩。


 このあたりは、縄文時代から人の営みがあり、大規模な貝塚が見つかっているそうだ。

 「…ホテルへ向かおう」


 途中、またあの白いムーブが見えた。


 補修中の砂利道を進んで運河を渡り、東名の陸橋を越えて、再び国道45号線を塩竈方面へ。

 やがて杉の入あたりまで戻ってきたとき、ふと松ケ浜を勧められていたことを思い出し、ちょっと寄ってみることにした。

 先ほど見た光景もあって、躊躇はしたが、せっかく持ってきた道具を塩水に浸したいとも思った。




 外向きのテトラは大きすぎて乗るにはちょっと厳しそうだが、たしかに港内は風裏で、キャストに支障はなさそうだ。

 しかしいざカウントダウンしてリトリーブしてみると、とにかく藻やゴミがやたら引っかかる。

 あまり水質は良くないようで、水面を見るとアカクラゲが長い触手をなびかせて泳いでいた。

 結局数投だけして道具をしまい、写真を何枚か撮って松ケ浜漁港を後にした。


 途中、あちこちにある岩肌に、ぽこぽこと奇妙な穴が開いているのに気付く。

 古代の豪族の墓の跡らしい。


 ホテルに着いてひと段落した後、チャーターボートに払う予定だった金が浮いたこともあり、塩釜駅前の寿司屋で晩飯を食うことにした。

 特上にぎりを頼むと、定番ネタが並んだ大皿が出てきた。

 「美味い…」

 名高い漁業基地だけあって、どのネタも美味かったが、特にアナゴが絶品だった。

 アナゴは瀬戸内産も有名だが、身のやわらかさが全くの別物で、最初は蒸してあるのかとか、種類自体が違うのかと思ったが、どうも生息環境の賜物らしい。

 いくつかお薦めネタを美味しく頂いた後、口直しのイチゴシャーベットを頂くと、手作りらしいこれがまた美味かった。

 ありがちなイチゴ風味の何かではなく、ちゃんとイチゴの味がした。

 回転寿司やスーパーの安物で我慢せずに、たまには贅沢しないとなぁ、と痛感した。

 横に座っていた赤ら顔のおっさんがしきりに大将に絡んで、ちょっと鬱陶しいなぁと思っていたが、去り際に「たまにしか来られないけど、俺もこうやって復興には貢献しねぇとなぁ」とか言いつつ、ぱっと万札を数枚切った。

 目線の先を見ると、店内に津波の到達ラインの印が書いてあった。

 おっさんはガハハと笑うと、また来ると言い残して帰っていった。

 津波は駅前まで到達していて、店主たちは三階に避難して無事だったらしい。

 三階から写したという、泥水逆巻く当時の写真も見せてもらった。

 その後はホテルに帰って風呂に入り、移動の疲れもあってすぐに寝た。

 恐れていた悪夢は見なかった。

2013年5月7日火曜日

宮城~福島縦断旅行 その1

4月30日(火) 前半

 早朝に三ノ宮からシャトルバスで伊丹空港へ。


 事前のネット予約で予めQRコードを出力してあったのもあって、スムーズに搭乗手続きが終わったので、 喫煙室から空港内のフリースポットを使おうとNexus7を立ち上げてみたものの、電波が微弱すぎて使えない…。
 (後に待機ロビーの喫煙室でならまともに使えたことを知るも、時既にお寿司)


 一昨年の青森行きより大きめの機体でいよいよ飛び立つと、例によって雲海で視界が遮られてしまい、仕方なく志の輔がタイで披露したという落語を聴いて過ごす。

 …何のための窓際の席か。

 やがて着陸態勢に入り、阿武隈山地上空から一旦海へ出て、陸へ向かって雲の海を抜けると、視界には松林の残骸と、その向こうに広がる泥灰色の荒野と、せわしなく動く豆粒のような重機やダンプ。

 預けていた荷物を受け取り、レンタカー屋のマイクロバスで事務所へ向かうと、短い道中には廃墟と化したカラオケボックスや、倒れた看板なんかがそのままになっていて、到着した事務所の窓にも津波の水深のラインが。

 東南海発生時、自分が今勤める職場あたりの予想水深がだいたい同じくらいだったので、イメージより高い位置に驚いた。

 車を受け取って、空港のすぐ脇にある貞山堀を渡り、道沿いに北へ向けてしばらく走ってみると、そこらじゅうに基礎や門柱だけになった家の跡。


 遠目に一軒だけ生き残ったような大きな家も、近づくと一階部分が柱だけ。

 わずかに残った松林の中の空き地に車を止めると、目の前にはビニールを枝にぶら下げたまま立ち枯れた木と、足元の砂にはたくさんの陶器や屋根瓦の破片。


 さらに堅固で高い堤防を築くための工事をしているらしく、ひっきりなしにダンプが通っていく。


早くもこの時点で、「まだ早かったかもしれない」という思いと、「今しか見られない光景じゃないか」という思いの葛藤が始まっていた。

 松島湾での釣りのため、予約していたチャーター船の船主から「今日は海上の風が強いので出られないかも」という連絡が入ったが、まあ話も聞きたいし、行くだけ行きますと告げた。

 貞山堀の東側の道を、北へ向かって延々と走っていくと、やがてゆるやかに左へカーブしていき、再建されたばかりと思しき真新しい住宅街の脇を通って、仙台バイパスと交差する。

 真上には、空港方面とJR名取駅を結ぶ鉄道の高架があったが、しっかりした免震構造になっていた。

 阪神淡路の直前、宮城を大きな地震が襲ったとき、「仙台は昔から地震の多い土地柄」というのを聞いて、意外に思ったことがあった。 

 逆に言えば、それだけ普段から備えていた土地だったのに…とも言える。

 東北随一の都市と呼ばれるだけあって、仙台バイパスはかなりの量の車が走行していて、復興作業なのか観光目的なのか、様々な土地のナンバーをつけた車を見かけた。

 バイパス沿いは、ちょっと見ただけでは震災の影響を感じなかった。

 ラジオでも「GWで他県からお越しの皆さんへ『方言かるた』のお土産を」とかなんとか。

 やがて最初の目的地であるフライショップに着くと、店の前になにやら張り紙が。

 『4/29~30、お休みします』 … (ノ∀`)アチャー

 もうひとつのフライショップもNexus7で調べると

 「火曜定休」 …(ノ∀`)(ノ∀`)(ノ∀`)ジェットストリームアチャー

2013年5月6日月曜日

宮城~福島縦断旅行 前段

 あの大津波から3年目、そして終息の気配すら見えない原発事故。

 色々差し引いたとしても、テレビなんかでは津波や地震の被害なんて原発事故の影に隠れてしまって、まるでなかったような扱いになっている気がする。

 一昨年の青森釣行時に書いたように、良くも悪くも風化は確実に進んでいるんじゃなかろうか。

 ボランティアに行くほど殊勝な性格でもなし、尻Pみたいにカウンター片手に「ひとでなし」を貫けるほどの知識も根性もなし、自分みたいな凡人にすらなれないアホは、怪しげな連中が企画したデモに参加したり、出所不明な文章を盾にアジったり、庭に池掘ってうだうだ言うてるより、現地で散財したほうが多少なりとも貢献できるかなと。

 正直なところ、悪趣味だとは思いつつ、一度は現地を見ておきたい、という考えがあったのは否定しない。
 これには神戸の震災後、「被災地へ行くのは不謹慎」の声に、被災地見物を兼ねた観光客までぱったり途絶えて、三ノ宮の飲み屋街が軒並み怪しげな風俗店や、居ぬき系の店になっていく様を見てきたのもある。

 それに神戸の震災のときは、あらゆる意味で3年めが転機になったことがいくつもあったので、もう少し待ったほうがいいかも、とも思ったけど、そろそろいいかな、と。

 とはいえ、天候不順の予報も手伝って、本格的に予定を組みはじめたのは、またもやGWの数日前という体たらく。
 検索のたびに増えていくタブ、そして積み上がる費用、一昨年の教訓がまーったく身についてないわが身を前に若干の眩暈を感じながらも、行くと決めたんやから…と、宿代やレンタカー代以外は極力削らないように予定を組んだ。
 事故の影響で休業中の旅館に電話をかけてしまい、平謝りで電話を切ったりもしたけども…。

 予定はこんな感じ。

一日目:仙台空港から塩竈へ。昼から松島周辺でロックフィッシュ(チャーター)。
二日目:塩竈からフライショップを巡りつつ福島県の相馬へ。時間があれば周辺で何か狙う。
三日目:相馬から行けるところまで南下、阿武隈山地を大回りして、当日中にいわき入り。
四日目:いわき周辺の解禁済み河川で渓魚を狙う(ガイド付き)。
五日目:福島空港から帰着。移動途中にバスが釣れそうなら狙う。

 なんと「よくどしい」行程であろうか。

 先日買ったNexus7は、まさにこの旅行のための準備だったんだけど、先行投資のほうが現地で使う額より多くないか?という、セルフ突っ込みは華麗にスルー。

 今回もやはり飛行機は往復ともあっさり取れて、まだ影響あるのかな、と思ったりもしたけれど、関西における東北方面への航空需要、特に仙台はJALとANA(とIBEX)が就航していたりするので、そもそも便数自体が多めなのかもしれない。

 温泉場や娯楽施設近くの宿は軒並み埋まってたりしたので、近県や地元の人たち、団体客が活発に利用している感じ。
 まあ元々一人旅で温泉場へは泊まりにくいんだけど、そのへんは日帰り温泉とかでカバーするとして…とか、だいたいの予定が組めてから気がついた。

「フライの本数が足りない」

移動日の早朝にかけて、必死こいて毛鉤を巻きましたとも…。

2013年4月29日月曜日

Nexus7を買いました

以前も書いたように、タブレット自体は随分前から欲しいなぁとは思っていたものの、せいぜい釣り場やらの確認くらいで、わりと限定された使い方しかせんよなぁ…などと、うだうだやっていた。

ところが、とある理由で是非とも必要、となったもんで、ぐぐる先生にあれこれ教えてもらいつつ、それでも結局よくわからず(←馬鹿)、「わからんことは店員に聞いたらわかるやろ」と、半ば見切り発車状態で梅田のヨドバシまで行ってきた。


…まずJR周辺の変貌ぶりにえらく驚かされるところから始まる。

芝田町の交差点より北西側で、でかい建物といえば梅田ヨドバシだけだったのが、今やでっかいビルに見下ろされてるわ、空中回廊みたいなんはできてるわ、あまつさえ東急ハンズまで入ってるとは思わなんだ。

いくら梅田に行く用事が最近なかったとはいえ、どんだけ浦島太郎かと。


とりあえず事前にぐぐりまくった時に仕入れた知識として

「simフリータブレットとb-mobileのsimカードがあれば即日使える」
「外で使うにはモバイルwi-fiが必要」

という二つの情報があったものの、これがどーーーしても頭の中で繋がらない。

そりゃ脱獄後のiPad miniの情報と、Nexus7のwi-fi版、さらにその3G版の話が、ちゃんぽんになって検索に引っかかるんだから、話が繋がるわけもなく。


で、Appleストアは即見つかったものの、Nexus7とb-mobileのsimカードの売り場がわからない。

案内係に「びーもばいるのしむかーどのうりばどこや」とアホ面下げて聞くも、あちらもよくわかってなかったようで、帳面ひっくり返したり、あっちこっち内線かけたりしながら、なんとか教えてくれた。


ようやっとsimカードの売り場にたどり着いたものの、これをどうやればネットに繋げるのかは相変わらずさっぱりわからない。

丁度運悪くそこを通りかかった店員を捕獲して、色々聞いてみたものの、いざ話がsimカードに至ると、どうも要領を得なくなってきた。

「も、もっと知識のある者を呼んできますー!」と、その店員と入れ替わりに別の男前が。


色々聞いてみて、とりあえずNexus7にはwi-fi版とwi-fi+3G対応版があること、公式にsimフリーで販売されているのはNexus7くらいなこと、simカードがあればモバイルwi-fiは必要ないこと、あたりまでなんとか辿り付いた。


そしてここからwi-fi接続と3G回線の違いを教えてもらいつつ、疑問がだいたい氷解。

Nexus7と画面保護シート、フタつきの専用ケース、b-mobileよりお得感の強いIIJmioのsimカード、さらにちょっとした旅先でのwi-fi環境はあったほうが良さそうなので、安物の無線ルータも購入して、帰宅後さっそく繋ぎにかかる。

そして改めて調べると、初期設定時にやはりwi-fi環境は必須ということで、まず無線ルータの設定、そしてsimカードを有効化した後、いよいよNexus7の初期設定へ。

意外にwi-fiでの接続はあっさり終わったものの、IIJmioのAPN設定がどうにも上手くいかない。

APN設定後、右上のボタンを押すと設定が保存できるはずなのに、またやり直しになってしまう。

再びぐぐり倒すと、どうやらバグらしく、一旦IIJmioのAPNを設定後、ホームボタンか右下のボタンに飛んで、再び「モバイルネットワーク」の「APN」に戻ると、IIJmioの回線があっさり認識されていた。

続けてちょいちょいと設定した後、再起動して設定を上書き。

試しにwi-fiを切ってみると、ちゃんと3G回線でネット接続が。

セキュリティソフトとかはまた後日ということで、今日はここまでとした。


で、なんでこんなに手のかかるものに手を出したかというと、そこはまた事情がありまして。。。



2013年3月18日月曜日

遅まきながらの初釣り

去年の釣り納めから全く更新してなかったんだねぇ…。

関西ミクパとかMMD杯とかファミマコラボとか、色々ネタはあったけど、twitterでうだうだ呟いてたら気が済んでしまうという罠。

だめだねぇ…。

ちなみに関西ミクパは数度のチケット発売のたびに「どうしよかなぁ、でも5pbやしなぁ」とか考えてしまって、気付いたら売り切れてました。

まぁ最初から縁がなかったんだろうと諦めよう…。

縁がないといえば、いまだにめーちゃんの酒が買えない…売っていた痕跡は確認したんだけど…。


ともあれ、とりあえず初釣りに行ってきましたよと。

この冬はとにかく寒くて、とても釣りに行く気になれず、結局電気ストーブと仲良しになったまま。

管釣りも久々に行ってみようと思ってたんだけど、とにかく動かざるごとトドの如しというやつで。(何


梅は咲いたか桜はまだかいな、とか言ってるうちに、気温は4月中~下旬なみに上昇する日もちらほらと。

下手すりゃ汗ばむ陽気ともなれば、さすがに重いケツも浮くというもの。

とはいえ3月、実はメバルにはそろそろ厳しい時期なんだけども、とりあえず夜の釣り物といえばメバルでしょ、ということで行って来た。(バチシーバスはどうした)


まずは日のあるうちに、加古川左岸の漁港へ。

…まぁなんと申しますか、ノリ加工場からの排水の影響か、見渡す限り水中に白いモロモロが浮遊している状態で、活性が高いのはボラばかりという。

わりと入り込んだところにある港なのもあるんだろうけど、とにかく水の汚さは神戸港の奥と大差ないんじゃないかと。

「堤防沿いに、でかいチヌの群れが遡上していくのを見た」という人もいたけど、おそらく遡上アユについている奴らなので、それ用のテクニックでも持ち合わせてない限り厳しかろうと。

同じくアユの遡上する都賀川あたりでは、キビレ混じりに釣れている、なんて噂も聞くけれども。

さっさと見切りをつけて、ちょっと東にある別の漁港へ転進。

こちらも奥まったところにあるとはいえ、先ほどのところよりは開放的。

港の先端に公園が整備されていて、そこで若い兄ちゃんがギターをかき鳴らしながら一人で絶唱中。

「コード進行が『ヤンキーの兄ちゃんのうた』と似てるなぁ」とか思いながらも、兄ちゃんの目前の敷石地帯を、腰まで浸かって一心不乱にワカメを取るじーさまを除けながら釣り歩く。

やがて演奏しているうちに感極まったのか、それとも最初から変なモノでもキメてたのか、兄ちゃんが曲終わりとともに「センキュー!ありがとー!!愛してるぜー!!」とか絶叫しはじめた。

関わるのもイヤだしアタリもないので、さらに東、常夜灯のある小さな漁港へ。

キンクロハジロの群れ以外に先行者はおらず、ちょうど干潮の潮止まり。

漫然とテトラまわりを攻めていると、何やらコツコツとちょっかいかけてくる奴がいるものの、数投したらそれもなくなったので、別方向を攻めていた。

やがてひょっこりルアーマンが現れて、つい今しがたまで投げていた場所で、一投目にいきなりソイを釣り上げる。

「あー、ちょくちょく当たってたのはあいつか…」

わりと凹んだので時合も待たずにまた転進。


途中の大き目の港をすっ飛ばし、過去に何度かチビメバルと戯れた漁港へ。

普段から周辺の釣具屋が情報をばんばん上げている場所だけあって、今までの漁港よりずっと釣り人は多い。

いつものパターンだと、駐車場前の淀んだ一番奥の場所から攻めるところを、今日はなんとなく淀んだ水はもういいやという気分だったので、ちょっと沖へ開けたほうの船上げスロープあたりから攻める。

一投ごとに数歩進むのを繰り返すうち、漁港の真ん中に突き出た小波止の先端へ出た。

常夜灯の灯りが届かないあたりを数投していたら、かなり久々の「キュン」という手ごたえ。

いつも釣っていたおチビたちよりちょっぴりサイズアップ

「ありがとう、そしてありがとう」

写メを撮り、感謝しつつリリース。

周りの誰一人として釣れてない中、交通事故的とはいえ上出来、先ほど受けた心の傷も多少は癒えたかな?というあたりで切り上げて帰宅。


翌日も朝のうちからぐんぐん気温は上がり、こりゃいいわいとのんびり三木方面へ出発。

道すがら、池一面が真っ赤に染まった衝撃的な光景に出くわす。


噂には聞いていたし、画像も何度か目にしていたものの、やはり肉眼で見ると結構なインパクトがあった。

アイガモ農法でエサに使う外来のオオアカウキクサ(アゾラ)が、サギなんかの水鳥によって運ばれてこうなるらしい。

バスやギルと一緒で「特定外来種」に指定されているらしいんで、恐らくそのうち焼却処分されることになるんだろうけど…。


さておき、三木に入ったあたりから徐々に風が出てきて、そのうち突風に変わると、やがて気温も徐々に低下。

それでもなんとかセッティングして池に降り立ったものの、シュートしたラインが舞い上がるわ、ぐちゃっとなって足元に戻ってくるわでさんざんな有様。

「おいおい去年の釣り納めと同じパターンやないか…」

どうにも気温が下がるとモチベも下がるようで、結局水抜き確認と新たな池の下調べに終始。

お日様が出てなければサンフィッシュ科は浮いてこないもんねぇ…。


来週リベンジ、とか思いつつ、よくよく考えると京都でボーパラがあるんだった。

誰と会う、何を買うではないけれど、もはや年中行事と化してしまったので行ってきます。

2012年11月5日月曜日

久々の野池巡り(もしくはバス納め)

しばらく海にばかり拘っていたのもあって、長らくバスの顔を拝んでなかったなぁと。

で、釣り人にはマメにブログを書く人が結構いるので、どんな状況かなぁとざっくり検索、というのを事前にやるのが通例なんだけど、こと東播に関してはこれが全く役に立たない。

まず数年前に更新が途絶えたサイトがわらわらと出てくる上、ほぼ9割は池の名どころか地名すら伏せてある上、釣れた写真でも、バス以外の部分が全部モザイク処理、とか普通。


人が集まるとマナーの悪い連中が押しかけて、それがすぐに釣り禁や水抜きに直結してしまう以上、仕方ないことではあるにせよ…なんかねぇ。



とはいえ古い情報の中には、割と地名なんかを詳細に書いてあるところもあったり。

なにせ古い情報なんで、その後水抜きされたとか、釣り禁になったとかいう可能性は、当然ながら織り込み済みとして。

過去に釣ったことのある場所と、それに絡めて未見の池にいくつか目星をつけて、刈り取りの終わった田んぼの間の道をひた走り、三木市細川~小野市東条の間あたり、とざっくりエリア決定。


途中寄ったローソンでは「一番くじ」をやっていて、まだフィギュアなんかも置いてあったんで、「こうどなじょうほうせんとか言いながら、ちゃんとあるとこにはあるやん」などと思いつつ引くと、響のラバーストラップが。

響は中の人まで含めて、このところ「不憫な子」枠に納まってしまいつつあるのが、他クラスタながら気にかかるところではあるけれど…さておき。


まずは昨年初バスを釣った池へ行くと、前はきちんと耕されていたところが草ボーボーに。

あらら、と思ったら、そこらじゅうにイノシシの蹄の跡や、泥浴びをしたらしき水たまりが。

民家のすぐ前なのになぁ、と思いつつ、池への取り付きには都合がいいので、ずかずかと横断。

さぁラインを出して、と思ったら、ちょうど雲が太陽を覆い、冷たい風が。

そういえば木枯らし一号がつい数日前に吹いたんだっけ、と、風の影響の少ない池の奥へ移動。

#6ラビットゾンカーを投げると、後ろにいくつか小さな影がついてきて、そのうちの一匹がパクリ。

ただ、ちょっとサイズが大きいらしくて、食いきれない模様。

少しサイズダウンして、#8マラブーに結びかえると、またもやパクリ。


律儀なおチビさん。

「とりあえずボ○ズは消えた」と、まずは安堵。

とりあえず今回は釣り禁看板も見当たらず問題なさそうなので、さっさと次の池へ移動。


新たに付け替えられた道のそばにある、南に開けた小さな池を覗くと、おびただしい数のヌマエビやメダカが。

…さすがにこんな場所にバスがいるわけがないので、即移動。

ゴルフ場の間を抜ける道沿いにある池に着くと、男女二人連れの先行者がいたので、とりあえずバスはいるということにして、これ以上お邪魔しないように撤退。

別のゴルフ場の下にある、以前フローターで浮かんだことのある池へ行くと、きれいに水がなくなっていてげんなり。

その池の反対斜面にある、未見の多段池へ行こうとすると、既に人の往来が途絶えて久しいと見えて、道がすっかり消えている上、駐車スペースも見当たらないので、諦めて移動。

兵教大周辺の池をいくつか巡るものの、先ほどから太陽の前に雲が居座っている上、北側に開けた池ばかりなので、北風がモロに。

当然ながら体感温度とモチベーションはどんどん低下。

それでも負けずに未見の池を見て回ると、どこも駐車スペースに難儀しそうな場所ばかり。

ちょうど覗こうと思っていた池から、釣り人らしき黒い軽ワゴンが出てくるのを見て入っていくと、土手が垂直な上に水面まで結構高さがあり、ちょっとフローターも降ろせそうにない。

昨年ながらフローターでの良い話を拾った池も、すっかり水を抜かれて見る影もなし。

やがて午後3時を過ぎ、日も傾いて本格的に気温が下がってきたので、ロッドを畳むことに。

このままR175を南下して、漁港でメバルでも狙うかとも思ったけど、海用のボックスを忘れてきていたのと、さっきよりさらに風が強くなってきたので、結局諦めて帰宅。

とはいえ、見て回った限りでは、新たに釣り禁看板が増えた様子はなかったので、来期に向けて色々考えるかなと。


しかし、さすがにもうちょっと気合入れた服装でもないと、今回でバスは終わりかなぁ。