2013年5月25日土曜日

リファラスパムというのがあるらしい

 元々このブログはボカロ関係のおぼえがきとして始めたので、アクセス数だの反応だのはハナから期待してないんだけども、このところ急激に海外からのアクセスが増えたもんで、いったい何事かいなと思って調べてみた。

 トラフィックを見ると、googleやyahooのbotはともかく、”topblogstories.com” だの”kallery.net”だの”flf-course.com”だの、あまり見かけないドメインが並んでる。

 最初は思わず「どんな酔狂な奴やねん」とリンクを踏んでしまったんだけども、これはスパムの一種なんだそうで。

 ぐぐってみると、まぁお決まりのアクセス稼ぎはともかくとして、ウィルス仕込まれるとかサイト乗っ取られるとか、なんか恐ろしいことが書いてある。

 ビビリやから速攻でパス変更しましたとも。

 トラフィック一覧に一緒に並んでて、これも怪しいなぁと思った”fenrir-inc.com”は、スレイプニルの開発会社でした…疑ってすまぬ。

2013年5月19日日曜日

淡路島フローター釣行

 金曜の昼休みに天気予報を見ていると、土日は雨となっていたはずが、土曜に晴れマークが。

 「また釣り行くん?」と同僚に聞かれ、元々その気はなかったのに釣欲がむくむくと。

 このへんの野池なんてどアフターのまっ最中で、水面に出てくれるアグレッシブな奴はおチビさんくらいのはず。

 GWの旅行で浪費癖がついたのか、口座に穴開いてるんちゃうかというくらい、貯金がえらい勢いで目減りしてるし。

 「でも…フローターにはぼつぼつええ時期やなぁ…まだ今年はバス触ってないんよなぁ…」

 そしてあっさり欲望に負けた。


 汗ばむ陽気だった金曜より気温が下がるという話で、池の真ん中でピーゴロこられても困るからと、ゆっくりめに出ることに。

 明石海峡大橋を渡り、淡路島に入ったのは10時過ぎ…さすがにのんびりしすぎやろ。

 高速を降りてしばらく走り、毎年通っている池に到着。

 さっそく堰堤の上から水中を覗き込むと、今年は春先が寒かったせいか、例年より育ちの悪いヒシ藻の間に、ちびバスの姿がちらほらと。

 ただ、例年なら真っ先に見つかるギルの姿が、全く見当たらないのが気になった。


 余談だが、思うところあって、というか単なる気まぐれで、しばらく家では麦飯を食べ続けている。

 そして麦飯の効果なのか、肉類を極力抑えるようにしたからか、服のサイズがひとつ落ちた。

 これまでウェーダーを穿くときは、たとえブーツフットの時でも、ズボンを脱いでからスパッツの上に穿いていたのだが、好間川でのガイド氏の準備の早さに衝撃を受けたので、試しに今回はズボンの上からウェーダーを穿いてみることにした。

 買った当時はスパッツにあわせたサイズだったものが、ズボンの上から穿いても全く問題ない。

 「おぉぉぉ…」 

 池のほとりで、ひとり感動にうち震え、脳内にBGMが流れる。

 

 「体型変わったな」(←やかましい)

 …まぁ実際のところ、まだまだメタボってることに変わりはないんですが。


 とかなんとかやりつつも、ちゃちゃっと準備して進水。

 水がきれいなのはいいんだけど、ちょっと冷たく感じる。

 むしろ例年より水が澄んでいるような…。


 いつもならギルが群れているオーバーハングの下に、例のマジックで塗っただけのギルポッパーをキャストするも、全く反応なし。

 「…ありゃ?」

 水中岬、アシの絡んだシャロー、毛虫のぶら下がったクヌギの木の下…。

 ギルポッパーをマドラーに変えたりしながら、例年ならすぐギルの反応のあるところに打ち返しながら池を進む。

 しかし水面に浮かんだフライは静かなまま。

 もしやレンジの問題かと、BHマラブーやストリーマーなんぞを沈めてみたけれど、やはり追ってくる魚影はなし。

 最奥のシャローでも状況は変わらず。

 今年は育ちが悪いとはいえ、水草自体は減っているようには見えない。

 朝のうちに誰かに叩かれていたとしても、ギルの反応すらないのはわからん。

 例年ならフィンに纏わりついてくるほどいたギルは、一体どこへ行ってしまったのか…。

 首をひねりつつ、そろそろ池を一周するあたりで、ようやく反応が。

フィンの見え具合で透明度はわかるかと
  おチビさんながら、何度もジャンプしたり突っ込んだり、それなりに暴れてくれた。

 「…もしやお前、堰堤から見えてた奴とちゃうやろな?」

 実際あれ以外に魚の姿を見ていない。

 カシ○ギ式に尻尾から放すと、真上にジャンプしてから帰っていった。

 活性自体は低くなさそうな…。

 昼前になり水温も多少上がり、日陰のコントラストも強くなってきたので、もう半周だけ攻めてみたが、やはり反応はなかった。

 どうにも釈然としなかったが、見切りをつけて移動することに。

 次は以前下見だけして攻めたことのない池へ。

 ところが覗いてみるとまさかの大減水、しかも水の減り方が急なのか、岸には1mほどの幅でまだ乾いていない泥が。

 ここは下流に田畑もないし、堰堤なんて大昔の石積みだけでオーバーフローすらない。

 もしやこの前の震度6強で底が抜けたのか?

 未練がましく岸辺を奥へ進んでいくと、まだ新しいイノシシの足跡を見つけたので、早々に立ち去ることに。

 イノシシは渓流のクマなんかよりよっぽどリアルな危険生物なので。

 ガキの頃にたまたま山中で遭遇したことはあるけど、茂みから鼻息が聞こえた瞬間は生きた心地がしなかったもんなぁ。

 「次どこ行こかなぁ」

 Nexus7を立ち上げて、予めマークをしていたマイマップを見ようとすると、圏外の表示。

 そういえば、このあたりは牧場が点在しているくらいで、人家はほとんどない…あかんやん。

 あてもなくしばらく県道を道なりに走っていると、携帯の基地局が見えたので、近くの路肩へ車を止めて再びNexus7を起動。

 普段から何かとgoogle mapにはお世話になっているが、モバイル版マイマップだと100件目以降のマークが表示されないのは何とかならんもんか。

 現在地周辺にマークがついているのは、かつて淡路で初めてバスを釣ったダムだけだった。

 すっかり昼も過ぎているので、おそらくここがラストになる。

 堰堤下のアシ際を覗き込むと、ここは季節の進みが遅いのか、ペアリングした大型の姿が。

 彼らの邪魔をしないよう、少し離れたところからエントリー。

 堰堤を離れた直後、カップルと思しき二人組が堰堤に陣取り、同じ場所を延々と攻めていた。

 こちらのペアリングも邪魔しないよう、両者に遠慮しまくってダムのど真ん中を進む。

 たまにこちらと目線が合うのが気になり、エエカッコしたくてキャストに無駄な力が入って、当然の如くキャストに失敗…とても気まずい

 自然と「絶対キャストに失敗しない距離」を打ち返している自分がちょっとイヤ。

 しばらくは先ほど同様に反応がなかったが、最初のワンドを過ぎたあたりから徐々に反応が出始める。

 さすがに天気が良かった日の午後とあって、既にきっちり叩かれた後らしく、小ギルがチュパチュパする程度だが、それでも反応があるだけマシだ。

 さらに奥のアシ原、はじめて淡路でバスを釣ったポイントを目指してフィンを蹴る。

 途中にあったアシの岬にディアヘアポッパーを打ち込むと、明確な反応が。

おチビだけど美形
こいつを釣った直後あたりから、堰堤方向からの風が強くなってきた。

 いよいよ雨雲が近づいてきたんだろう。

 フローターは風に弱いので、あまりチンタラしていると戻れなくなるかもしれない。

 とは言いつつ、目の前にはアシ原と、さらにインレットへ続くシャローが広がっているわけで、途中にあるブラッシュパイルまでと決めた。

 そして目の前のアシへキャストを繰り返すも、残念ながら無反応。

 まぁこんな露骨に美味しそうな場所、叩かれてないほうがおかしいわなぁ…。

 さらに奥へ進もうとしたら、水面をヘビが泳いでいる。

 しばらく見ていると、器用に水面で立ち上がり、垂れ下がった枝に巻きついて上がっていった。

 ああやって上がるんやなぁ、などと感心していたら、さらに風が強くなって、周囲の山全体が白く波打っている。

 さすがにヤバいかな?と思い始めたころ、間の悪いことにギルが溜まっている場所を見つけた。

 ついつい風のことを忘れ、ギルを何匹か釣っているうち、何かにドンと当たった衝撃が。

 何じゃ!?と思った瞬間、右足も何かに引っかかる。

 先ほど目印にしたブラッシュパイルまで流されていたらしい。

 たまたま幹の部分に当たったが、よく見ると枝の先は結構鋭かった。

 「もしこれがチューブに刺さっていたら…」

 分厚いPVCはそう簡単に穴なんて開かないし、万一に備えて救命胴衣もつけているが、それでも背筋が凍った。

 時計を見ると、もうすぐ16時。

 これは切り上げのサインだろうと、ラインを巻き取って戻ることにした。

 本来なら反対側の岸も打ちながら戻るつもりだったが、思い切り風が当たっていたので諦めた。

 やがて白波まで立ち始め、いよいよヤバい感じに。

 なんとか風裏や風の止み間を見計らって進む。

 カシ○ギ氏は「フロートチューブはダラダラ漕げ」と言ったけれど、この状況ではちょっと無理。

 堰堤沿いは風裏なので、先ほどの二人組は強風の影響なんてほとんど受けず、相変わらず同じ場所を攻めながら、やはりこちらをチラチラ見ている。

 「いよいよになったら、あの二人組に助けを求めなあかんのか…それは何かイヤやなあ

 そんなしょーもない意地だけで、なんとか堰堤にたどり着いた。

 そそくさとフローターをたたみ、ウェーダーを脱いだら、間の悪いことに今日に限って浸水…ズボンがえらいことに。

 ろくにメンテナンスもせず、適当に丸めて放置していたせいかとも思ったが、もしかしたら先ほど枝に引っかかったときに、どこかに穴が開いたのかもしれない。

 それでなくても単独釣行、頼れるものは我が身だけなのだから、もう少し注意深くなってもいいかなぁ、と反省しながら帰路に着いた。

2013年5月15日水曜日

宮城~福島縦断旅行 その7

5月4日(土)

 今日は基本的に移動だけなので、のんびり起きた。

 …まあ隙あらばスモールとは思っていたけれど。

 カウンターで荷物の発送を済ませ、車はいわき中央I.C.から磐越道へ。

 いわき三和I.C.付近を走っていると、いきなり痛車にぶち抜かれた。

 何のキャラかと後姿を見ると、V3のロゴとともに蒼姫ラピスの絵が。

 …ボカロ系の痛車を久々に見た気がする。

 (まあイベントや日本橋にでも行かない限り、痛車自体そうそう見かけないけども。)

 かなり飛ばしてたけど、一体どこに向かっていたのやら。

 GW中とはいえ磐越道はスムーズそのもので、渋滞もなく小野I.C.からあぶくま高原道路を経由し、福島空港I.C.へ。

 予想外に早く着いてしまったので、空港付近の野池と阿武隈川を覗くことにして、一旦空港への道から外れる。

 とある池に着くと、山間の池とはいえやたら水が澄んでいて、土手を補修した様子こそないが、こりゃ抜かれたかな、と早々に離脱。

 違う池に行くと、こちらは釣り禁止の看板。

 その後もいくつか池をまわったが、どうも生物の気配どころか、釣り人の気配すら感じない。

 それでもまだ時間はあったので、阿武隈川へ車を進めた。

 途中のコンビニで酪王カフェオレを買って車へ戻ると、真正面に雪をかぶった那須の山々が。
 

 休みを利用して会津へ釣りに行った人たちは、突然の雪景色にさぞ驚いただろうなぁ…。

 こっちも強風と低温で難儀したとはいえ、さすがに雪は降らなかったもの。

 実は裏磐梯方面へも寄る予定があったのだが、直前に雪が降ったことで、とても釣りどころではないだろうとルートから外した。

 …釣れなきゃ一緒だろという冷静な突っ込みは受け付けない。


 水郡線の踏切を渡り、農道を阿武隈河畔まで進む。

 はじめて見た阿武隈川は取水のせいか思ったより細く、都市間を流れる大河の宿命か、地元の加古川と同じくらいゴミも目立ち、やはり代掻きの水で白濁していて、釣れる雰囲気ではなかった。

 阿武隈川の周辺も放射性物質の流入で、比較的線量が高いとされている。

 しばらく未練たらしく土手の上の砂利道を走っていると、つけっぱなしのラジオからヒステリックな女性の声が流れてきた。

 (ここまで頭ごなしに拒絶されたら、行政側はもう手の差し伸べようが…。)

 耐えかねてラジオを切ったが、もやもやしたものが晴れないので、ちょっと先の乙字ヶ滝を見に行くことにした。
 

 芭蕉の句碑や石像、巨大な聖徳太子像、弘法大師伝説の説明書きを見て回る。

 かつてはサケや鱒(サクラマス?)が遥か河口からここまで遡上してきたという。

 スモールのポイントとも聞いていたが、釣り人の姿は見当たらず、観光客や地図を片手のライダーの姿ばかりだった。

 空港方面へ戻る途中、スタンドの人に「地元らしい飯の食えるとこないですか」と聞くと、「蕎麦が好きなら道の駅に行くといいよ」と言われたので、空港近くの道の駅たまかわへ寄ることに。

 ここでは山菜の天ぷらや炊き込みご飯が売られていたが、期待した山菜の天ぷら蕎麦はメニューになかったので、普通の天ぷら蕎麦(掻き揚げ)を食べた。

 他の道の駅と同様に地場野菜が置いてあるのだが、誰もがやけに大量に買い込んでいたのが印象的だった

 南相馬や東和の道の駅では見かけない光景だったが、理由はよくわからない。

 やがてタイムリミットが近づいたので、レンタカーを返却し、搭乗手続きを済ませて出発ロビーへ。

 福島空港はそこらじゅうに円谷キャラの像が置いてあった。
 
どことなく哀愁漂うゴモラ
地元出身の円谷英二との繋がりから開港15周年記念として常設展示が始まったらしいが、20周年を機に展示をさらに充実させたらしい。

 そんな中で気になったのは「ようこそ福島へ」のゲートの上、なぜか白目をむいて立つチャメゴン。

 いや、お前が悪役怪獣じゃないのは知ってるけど、なんでよりによってそこで白目やねん。
 
肉眼では尾翼の上あたりに磐梯山が見えたが・・・
売店で「ままどおる」を買おうか迷ううち、搭乗案内が始まったので、慌てて機内へ。

 帰路のIBEX機は定刻どおりに離陸、快晴とはいかないものの、空中散歩を堪能できた。

 那珂川や鬼怒川など北関東の大河、渡良瀬遊水地、奥多摩湖、富士山、甲府盆地、そして雪の赤石山地、知多半島から伊勢湾を抜け生駒を越え、やがて大阪城のそばを通って伊丹空港へ無事到着。

 阪神高速から三ノ宮へ向かうリムジンバスの中、排ガスに霞む見慣れた六甲の山並を横目に、今回の旅で何度も見上げた、はるか遠くまで澄んだ東北の空へ思いを馳せた。

2013年5月14日火曜日

宮城~福島縦断旅行 その6

5月3日(金)

 朝7時、ホテル前でガイド氏と待ち合わせて、レンタカーを一旦ガイド氏宅に預ける。

 連泊しようと思っていたら、祝日とのからみで同じホテルが押さえられず、やむなく近くの別のホテルに泊まることになったのだが、チェックインまでの車の扱いに困っていたところ、ガイド氏が気を回してくれた。

 最初に着いたのは、いわき中央I.C.近くにある吊り橋周辺。

 橋には「老朽化しているため、少人数で渡るようお願い致します」の立て看板があった。

 川の様子を見るため、中央あたりまで渡ってみたが、確かにゆらゆらして不安定ではあるものの、作り自体はしっかりしていた。


 かつてこのあたりは炭鉱で栄え、積み出し用の専用線まで走っていたそうだが、70年代のエネルギー転換期に閉山となったらしい。

 そして原発誘致という流れ。

 下北半島と同様に、この土地もまた昔から、国のエネルギー政策に振り回されてきた。


 川の水は代掻きの泥によって白く濁っていて、風も相変わらず強く気温も低めながら、虫たちは活発に飛んでいる。

 川底は砂の間に石がある感じで、「ヤマメは砂を釣れ」の言葉がそのまま生きる川相。

 アシの際や流れ込みの石の裏、泡の筋を狙ってキャストしていくものの、久々のこともあってなかなか勘が戻らず、よたよたと足元を気にしつつ、川の中まで茂るアシに引っ掛けたり、ウィンドノットを作ったりで、釣っている時間より解いている時間のほうが長い…。

 ガイド氏は20ft超のロングリーダーを駆使して、テンポよくポイントを探っていく。

 アタリもなくライズも見つからないため、しばらくして場所変えとなったが、後日ガイド氏の送ってきたメールによれば、この橋の下だけで短時間に8匹のヤマメが出たそうだ。

 次に訪れたのは、国道49号線の水石トンネル近く。

 上流に発電所があるので水量は少なめだが、先ほどの場所より風もまだマシで、上流が渓谷で田畑から離れていることもあり、いくらか水は澄んでいるし、虫も相変わらずたくさん飛んでいる。

 ガイド氏にも自分にも、ここでは小型ながら反応があった。

 しばらく釣り上がってみたものの、その後は反応が薄く、さらに移動していわき三和I.C.近くへ。

 ガイド氏の息子さんが早朝からルアーでこの周辺を狙っていたが、風と寒さで撤退したとのこと。

 こちらは谷間の開けた場所だけあって風の影響が強く、自分の腕ではキャストどころじゃないが、ガイド氏は対岸のアシ際からあっさり一匹釣り上げていた。

 やはり腕よなぁ…と思っていると、対岸のアシ際で反応が。

 あわててキャストしなおすと、きっちり対岸のアシに引っかける…ポイントが潰れました orz

 正午のサイレンが鳴ったので、国道沿いにある食堂で腹ごしらえをした後、車でさらに小移動して、少し上流の合流ポイントへ。

 このあたりでようやくキャストも安定しはじめたものの、やはり強風で煽られる。

 いざという時のロングキャスト用にとWFを使っているが、自分の腕ではそれが間違いなのかも。

 とはいえ代掻き水が流れ込む場所を過ぎ、水が透明になってくると、ライズや反応が明らかに増えてきた。

 田畑の作業は午前中に済ませることが多いので、泥が落ち着くと水は澄み始める上、田んぼで暖められた水が水温を押し上げるので、昼からの方が良い結果になることも多いそうだ。

 事あるごとに萎えそうな自分に気合を入れなおし、再びキャストを繰り返すと…目の前でライズ。

 「バカにしくさって…」

 ムキになってキャストすると、案の定また変なところに引っ掛けてポイントが潰れた。

 …そらバカにされるわ。

 まだ釣りの真っ最中なのに、しきりにリベンジを口にし始める自分。

 いいからとりあえず落ち着け。

 次に、三和中学校前の流れへ移動。

 学校への橋の下がちょうど淵になっていて、泡の筋から反応があったものの、取れない…。

 ヤマメの鋭い反応に全くついていけない。

 魚は確実に、しかも思った以上にたくさんいる。

 水温も上がってきたし、虫もたくさんハッチしている。

 腕か。 わかっちゃいたけど腕か。

 「やっぱりイワナのほうが好きやな…」とひとりヘタれてみる。

 ちなみに好間川は上流部に至るまで典型的な里川で、イワナはあまり見かけないとか。
 
 さらに少し上流へ移動し、国道脇のスプリングクリーク的な流れに。
 
 川に近づくと、ボコンと大きな音をさせながら、いかにも型の良さそうなライズリングが見えた。

 静かに上流から流し込もうとすると、目前のアシ際でチビが連続アタックをかまして沈めてくれた。

 「ちょ…邪魔すなコラ…」

 流れが遅く、ライズのところへたどり着くころには、フライは完全に沈んでしまっている。

 しかもそれを3回きっちり繰り返してしまう。

 …テンドンは三回って言うけど、それを釣りでやってどうすんねんという。

 大慌てでソフトハックルを結びなおし、流し込んでみたが返答はなかった。

 大型どころか途中のチビすら取ることができず、肩を落として上流へ向かう。

 例によって反応はあるのだが乗らない、いや乗せられない。

 やがて堰堤が見えてきたので、落ち込みを集中的に狙う。

 何度か流し込んだとき、ヤマメの尖った頭がフライを押さえ込んだ。

 一瞬だけ魚の重みを感じたが、咄嗟のことに反応できず、またもや力なく垂れ下がるティペット。


 「今のは…今のは取らなあかんやろ…」

 がっくり膝をつき、思わず悔しさが口を突いて出る。


 「堰堤の上でも反応ありますから、がんばって」とガイド氏に激励され、気合を入れなおす。

 こちらが堰堤下で悶絶している間に、ガイド氏は一匹ヒットしたようだ。

 確かに反応はそこらじゅうであるが、相変わらず乗せられない。

 やがて試合終了のホイッスルのように、谷あいに「夕焼け小焼け」のメロディーが。


 「あれだけ反応があったのに丸坊主…ッ! 完全試合…達成…ッ!」

 がっくし。


 帰りがけ、先ほどのライズポイントに目をやると、相変わらずライズリングが広がっていた。

 (一枚も写真がないあたりで、いかにいっぱいいっぱいだったか読み取っていただきたい…。)


 「長いことこの川で釣りしてますけど、今日ほど厳しい日も珍しい」とはガイド氏の弁。

 …いえ、取れる魚を取れなかったのはひとえに自分の腕なので、お気になさらず。

 途中ガイド氏は山菜を取っていたらしく、腰のビニール袋はパンパンに。

 「"アレ"が気になるなら勧めませんけど、うちでちょっと食べていきませんか?」と夕食のお誘いがあったので、自分は昔からタバコ吸いの酒飲みですからと、遠慮なく頂くことにした。

 ホテル泊まりの一人旅、しかも現地の人でさえ地場産を避けたりするこの状況では、採りたての山菜なんてとても無理だろうと、半ば諦めていたところだった。

 ガイド氏は日ごろから検査場への持ち込みも行っているというが、山菜なんてシーズン通したところで何キロもばかすか食うようなものではないので、多少数値の高いものに当たったところで問題とは思えなかった。

 車ということもあり、ノンアルコールビールで乾杯。

 山菜以外にもテーブルいっぱいの刺身や揚げ物を頂きながら、色々と話を聞いた。

 好間川など夏井川水系や、隣の鮫川水系などは、水試の検査でもNDの報告が上がっているのだが、エサ釣り師は激減、少しでも客を呼び戻そうと、漁協が協力して年券が両方の川で使えたり、一年分の料金で来年も引き続き使えるようにしているそうで、また若手からはC&R区間設置の話も持ち上がっているらしいが、まだまだ漁協の動きは鈍いとか。

 地元の揖保川あたりなら解禁直後にほとんど釣り切られてしまい、よほど源流部まで踏み込まなければ盛期までアマゴが残っているほうが珍しく、行ってもせいぜいアブラハヤやカワムツしか釣れないことを考えれば、釣獲圧の影響がいかに大きいかよくわかる。

 昨日通り過ぎた請戸川など太平洋側の河川では、川を横断していたヤナが軒並み破壊されたことで、かなり上流部までサケやサクラマスが遡上し、自然繁殖も例年より多く確認されたとか。

 仙台市内のフライショップでは、昨年は側溝のような川にまでサケが遡上していたとも聞いた。

 有志放流でかろうじて維持されてきた某小河川などでは、昨年の試し釣りで素晴らしい太さのヤマメがばんばん釣れたんだそうで…元々小さい川だったこともあって、噂が広まった途端に釣り切られてしまったらしいが。

 山菜も問題ない線量の地域であっても取る人は少なく、コゴミなどは足の踏み場もないくらい河原に生えていたし、作付けが行われている田んぼの土手に生えたものも、ほとんど取られた様子がなかったり、道沿いに生えたタラの芽など、いつもなら真っ先に取られてしまうはずのものが、そっくりそのまま残っていたりする。

 ガイド氏と「今の状況の方が自然には"やさしい"んじゃないか」と苦笑した。

 話が弾んでホテル入りが遅くなってしまったので、お礼もそこそこにガイド氏宅を後にした。

 ある程度泥や汚れは落としていたものの、ウェーダーとウェーディングシューズは水を吸い、結構な重みになっている。

 土産など今までの買い物でバッグは既にパンパンになっていることもあって、ウェーダー類や一部の釣り道具はジップロックで完全密封の上、宅配で送り返すことにして、帰り支度もそこそこに、疲れもあって早めに寝た。

2013年5月13日月曜日

宮城~福島縦断旅行 その5


5月2日(木) 後半


 国道6号を南相馬まで戻り、道の駅南相馬で、草もちにドーナツ生地をかけて丸く揚げた「凍天(しみてん)」を昼飯代わりに買う。


 凍天売り場のカウンターには、見本用に揚げたてを二つに割って置いてあったのだが、それをキセキレイが持ち去ろうと一生懸命引っ張っていたので、一喝して追っ払った。

 食べてみると中のもちはやわらかく、生地の甘みもほど良く、思ったより油っこくなくて、なかなか美味しかった。

 県道268号を真野ダムへ向けて走ると、栃窪の集落あたりから真野川が道に沿って流れるようになるが、事実上の禁漁になっているので、当然釣り人の姿はない。

 スモールが繁殖しつつあるとはいえ、本来であればヤマメの川らしく、いい感じの石。

 ダムサイトを越えると飯舘村に入る。

 水面を見ると想像していたイメージより大規模なダムだった。

 しばらく走ると帰り支度をする釣り人の姿が見えたので話を聞いた。

 今日は風が強くて風裏を探して釣ったが、小さなワームでネチネチしないと反応がないとのこと。

 …お天気おねーさんめ。

 スロープのあるインレット方面を目指してさらに進むと、数人のバサーがいた。

 「今日は三匹ほど」

 申し合わせたように全員がスピニングに小さなワームをセットしたタックルを持っていた。

 相変わらず風は収まらず気温も低いままで、こりゃ思い出作りなんて無理だなと感じつつも、インレットの方を目指してぬかるみを越え、藪をかき分けて進む。

 線量は藪の中や窪地のほうが高いそうだから、きっと計測値より高い値を浴びてるんだろうなーと思いながらも、ぶっちゃけ吸い続けているタバコのほうが、よほど体には悪い。

 しばらく釣りをしたが当然というかやはり反応はなく、寒さと風でモチベーションが落ちてきたので、スロープに戻ってしばらくキャストした後、道具をたたんだ。

 スロープ脇の駐車場を出て、つづら折りの道を登っていくと、サルの群れが木の上でしきりに何かを食べていた。

 人慣れしているのか、こちらに気付いても警戒するような様子は見えなかったが、車を止めて写真を撮ろうとしたら、めんどくさそうに木々の向こうへ消えてしまった。

 …アイソないなおまえら。

 峠を越え、マタタ川とという不思議な名を持つ川沿いを進むと、道沿いに見事な桜。


 沿岸部に比べて建物に地震の影響はほとんど見られないが、このあたりは今回通過するコースの中でも特に線量が高いエリアで、さすがに周囲に人影はない。

 やがて県道12号線に合流、川俣町方面へ向かうと、周囲に「除染作業中」の立て看板が目立つようになってきた。

 相双地区から中通りに抜けられる数少ない道のひとつなので、交通量自体は比較的多い。

 そのうち道は下りになり、川俣町の飯坂集落あたりまで来ると、田んぼは代掻きが始まっており、下校中の子供たちや、それを迎えに行く親の姿が目に付くようになった。

 放射性物質の拡散はひとえに風向きの影響だけなんだそうで、風裏にまわってしまえば、わずかな距離の間でもこれだけの違いが出てしまう。

 逆に風の気まぐれで吹き溜まりができると、妙なところがホットスポットにもなったりする。

 川俣町で国道349号線に入り、道の駅で休憩しながら、田村方面へ進む。

 本当は尻Pがかつてイワナを釣った千扇川を覗いたりしながら、川内村方面へも回りたかったのだが、いわき市内での混雑や、"酷道"399号線の話、いわきの釣具店へ寄る時間を考えると、どうしても時間的に厳しくなってしまったので、そのまま船引三春I.C.から磐越道に乗り、いわき市へ向かった。

 いわき中央I.C.で降りると、国道49号線との合流部分の橋で、翌日釣りをすることになる好間川(よしまがわ)の下流を渡る。

 浪江町から国道6号をそのまま行けば2時間かからず到着できる距離を、阿武隈山地の大迂回で、おおかた5時間かかってしまった。

 車の窓を開けると、相変わらず風は強いものの、相双エリアより気持ち暖かく感じる。
 
 国道49号線から再び国道6号線に入るあたりは、さすがに市内だけあって混んでいた。

 いわき駅方面へ曲がり、目指していた釣具店へ向かう。

 店のサイトから明日のガイドをお願いしたので、勝手に店主が案内してくれるものだと思い込んでいたのだが、実際には店の常連さんとのことだった。

 勘違いを詫び、小物や巻き足りないパターンをいくつか買った後、ガイドをお願いする方へ連絡を取ってもらい、明日の予定を決めてホテルへ向かった。

 ホテルはいわき駅のすぐそばで、チェックインを済ませて部屋に入り、晩飯のためにあれこれ検索をかけてみたが、やはり地域の食材に規制がかかっている(青物は問題なしだが、塩竈でさんざん食ったし…)のもあって、ピンとくる店がなかったので、適当に当たりをつけた洋食屋で軽く食べたものの、なんとなく物足りなくてホテル近くの焼鳥屋へ入った。

 とりあえず地酒と焼鳥の盛り合わせを頼み、メニューを見ると「メヒカリの唐揚げ」があった。

 関西ではあまり馴染みのない魚なので、頼んでみることに。

 揚げたては白身がホクホクして、頭からバリバリ食える小骨の少ないトラギスという感じで、なかなか美味しい。

 いわき市では「市の魚」としてPRに余念がないようだが、少し前までは市場でも捨て値で売られ、子供におやつ代わりにされるような存在だったそうな。

 webを検索してみると、生態もトラギスに近いようで、トラギスと混同されて売られることまであるようだ。

 部屋に戻るとガイド氏からメールが入っていた。

 「寒さと代掻きの濁りで状況は厳しいですが、一生懸命ガイドさせて頂きます」

 …はい、それに応えられるよう、こちらも頑張ります。

 なにより明日もし坊主なら、この旅行『完全試合達成』なんで…。

 てか、代掻きの有無がこんなところで影響してくるとは思わなんだ…。

2013年5月12日日曜日

宮城~福島縦断旅行 その4

5月2日(木) 前半

 モーニングを早めに食べるため、6:30ごろ起きた。

 窓の外には朝日に照らされた阿武隈の山並が見える。


 事前の調べで、南相馬にもバス関係の店があるとわかったので、ちょっと覗いてみることに。

 ホテルを出て、しばらく国道6号線を南下すると、間もなくかつての30km圏内、南相馬市に入る。

 手入れされていない田んぼを除けば、窓の外にはのどかな田舎町の風景。
 
 鹿島区にある件の店に入ると、既に何人かの客がいた。

 ズイールのゲイリーウィッチ、テラー、アンカニーチャップなどを買い、少し話を聞く。

 相馬周辺は東播や淡路島ほどではないにせよ、野池地帯で有名だったそうだが、海に近いところは津波でやられ、残りも地震で軒並み土手が崩れて水抜きされたとか。

 今は真野ダムのスモールがアツいんだそうだ。

 ただ、真野ダムは線量の高めな地帯にあるので、皆あまり長時間の釣りはしないらしい。

 どのみち高線量地帯を通らないと中通りには抜けられないので、ちょっとだけ寄ることにした。

 ポイントまでぬかるむと聞いて、少し先のホームセンターで長靴を調達する。

「除染」という言葉が日常に溶け込んでいた
ホームセンターには意外に客がたくさんいて、大抵の日用品は売っており、作業員用だろうか、使い捨ての全身化学防護服やタイラップも売っていた。

 やがて、ここまで来たんだから、という思いが頭をもたげる。

 すぐに真野ダムへ向かうつもりだったが、時間の許す限り、6号線をさらに南下してみることにした。

 南相馬の中心部である原ノ町を過ぎて、つい最近まで立ち入り禁止だった小高区へ入ると、国道にも地震の影響らしき段差が至るところに現れ、周囲の景色も変わった。

 国道の左右には、津波にやられて崩壊した家屋や店舗、ゴミをぶら下げて折れたままの電柱、田んぼの真ん中に放置された車両がそこらじゅうにあった。

 国道の脇でこの状態なのだから、浜のほうなんて今でもほとんど手付かずのままだろう。

 「どうせなら当時のままのところを見ておくのもいいかもね」
 
 松川浦の釣具屋の店長の言葉が頭をよぎる。

 写真は撮れなかった。


 事前の情報では浪江町との境界まで行くと検問がある、という話だったので、そこで折り返すつもりだった。

 しかし、南相馬市との境界線が通る峠まで来ても、警官の姿やバリケードらしきものが見当たらないので、しばらくそのまま走っていたが、一旦止まって現在地を確認すると、浪江町幾世橋付近と出た。

 かつてサケ釣りで有名だった請戸川を、知らない間に越えてしまっていた。

 誘導員と思しき交差点脇にいた人に聞くと、住民に限り昼間の立入りが許可されており、防犯のために一般車両は市街地へ逸れることは許されないが、国道6号を通行するだけならば、双葉町との境あたりまで行けるようになったのだそうだ。

国道の脇道はこんな感じで塞いである
とはいえ、そろそろタイムアップなので、今来た方向へ戻ることにした。

2013年5月9日木曜日

宮城~福島縦断旅行 その3

5月1日(水)

 ホテルのラウンジでモーニングを食べていると、「お前の滞在期間中は低温と強風に祟られっぱなしだよ」と、天気予報のおねーさんに宣告される。

 まあ覚悟の上で来てるけども。

 中二日は基本的には移動日というのもあって、google mapで道中のルートを考えるうち、昨日も寄った七ヶ浜の北東端、仙台火力発電所の脇に小さな漁港を見つけた。

 ここも津波の痕跡が生々しい。


歯抜けになった松林の向こうに見える発電所も、大きな被害を受けたそうだ。 

 沖向きの堤防にひとりだけ投げ釣りの人がいて、時々いい型のアブラメを釣り上げていた。

 目の前の水道を遊覧船が通り過ぎていく。

 港内は思いのほか水深が深く、ゆっくりラインを沈めて藻の間を狙ったり、崩れた岸壁沿いに流してみたりしたが、特に反応はなかった。

 外向きに投げてみたかったが、折からの強風に加え、ホンダワラが大量に茂っていて、とてもフライでは探れそうになかった。

 港の一番奥には大量のアミがいて、周囲で小魚が跳ねていた。

水中の白いものが全てアミ
豊饒の海を支える重要な餌生物。

 さらにその周りにいるであろう魚食魚を探るも、かかって来るのはゴミばかり…ありゃりゃ。

 まぁ時合とか潮とか一切考えてなかったからねぇ…。

 散歩に来ていた地元の人と少し話した後、道具をたたんで漁港を離れた。

 利府町あたりを走っているとき、トイレと道中の飲み物を確保するためにファミマへ入ったら、あれだけ地元を探しても出会えなかった「メイコの日本酒」がしれっと置いてあった。

めーちゃああああ(ry
二軒のフライショップで、長らく探していた西山さんのバスビデオほか色々と手に入れた後、JR東仙台駅近くの「鐘崎」で笹かまと牛タンスモークを買い入れ、混雑が予想される仙台中心部を避け、仙台東部有料道路で山元町まで南下する。

 左手には、広々と開けた「宮城野」が見渡せ、どのくらい向こうにあるのか、はるかに霞む松林。

 その先は海。

 国土地理院の浸水マップによれば、津波はこの高架を越えて、さらに内陸まで達したらしい。


 代掻きの時期にも関わらず、塩水に浸かった田んぼには、冬枯れの雑草が茂っていた。

 塩害の解消と雇用、産業の確保のため、ここで綿花を栽培しようという動きがあるそうだ。


 岩沼I.C.を過ぎたあたりで交通量は激減、やがて片側一車線になり、そのまま山元町で国道6号に合流する。

 料金所を出てしばらく走り、ナビに映ったため池を見に行くと、地震で崩れたのか土手の工事で水はほとんどない上、フェンスがしてあって「釣り禁止」の看板が…あらら。

 再び国道6号線に戻り、ひたすら南下。

 交通量は相変わらずだが、工事関係の車の比率が高くなってくる。

 やがて阿武隈山塊の東端にかかり、国道は谷間を縫うようにアップダウンを繰り返す。

 とある谷あいに差し掛かったところ、道端に「ここより津波浸水区間」の看板が設置されていた。

 どう見ても谷底から標高20mくらいはあるし、左手は山に遮られて海なんか見えない。

 にわかに信じられなかったが、少し下った道端には、破れたビニールを纏った枯れ木があり、道の西側に伸びる谷間の田んぼは土手が崩れ、灰色の地面に点々と雑草が生えていた。

 津波はこの谷間を駆け登っていったらしい。


 そのうち宮城-福島の県境を越え、新地町に入る。

 県境の小さな峠を越したところに池があり、ちょっと寄ってみることにした。

 車を止めると、土手側にスピニングを持った防寒着姿のバサーが何人かいたが、相変わらず風は強く、気温も10℃前後。

 しばらく広いシャローへキャストを続けたが反応もないし、寒さが我慢できなくなったので撤収。

 悉くお天気おねーさんのおっしゃる通り。


 6号線へ戻り、相馬方面へさらに進む。

 やがてナビは6号線をはずれ、相馬の市街地へ向かう道を示した。

 次の目的は「鳥久」の相馬牛。



 夕飯には早く、昼飯には遅すぎる時間だったが、店主ご自慢のやわらかくて肉汁たっぷりの焼肉定食は、噂どおり実に美味かった。

 レジのおばちゃん曰く、「震災後にボランティアで来た全国の学生さんたちが、地元でこの店を宣伝してくれるから、それを聞いて来てくれる人が多いよ」とのこと。

 お土産兼晩飯、そして酒のアテとしてミンチコロッケを買い、松川浦のそばにある釣具店へ。


 ここの店主は以前から頻繁にブログを更新していて、線量含め現地の様子をこまめに伝えているので、少し話を聞いてみたいと思って寄ってみた。

 たまたま店主が不在だったため、間繋ぎに店主の親父さんが相手をしてくれていたのだが、しばらくすると店主が帰宅したので、改めて当時の話やこれからの話、自分がこの二日で見聞きして感じたこと、神戸の震災のときはこうだった、など長々と話し込んだ。

 店主からは、問題の解消は一代では無理だと腹を括っていること、相馬市内でも被害の度合いやその立場によって認識のギャップがあること、原発の恩恵を受けながら、今は被害者然としている人間たちへの怒り、後継者問題を含めた漁業者の憂鬱、旧30km圏内の被災当時そのままの地区の話、真偽不明の奇怪な目撃談、その他いろいろなことを聞いた。

 「現地へ行けば何か見えるかなと思って来たんですけど、余計にわからなくなりました」

 「なるようにしかならないよ」


 なるようになる。
 
 なるようにしかならない。

 あの頃の神戸も結局そうだった。

 膨大な時間と、日々の地道な積み上げしか方法はない。

 少し買い物をして店主に別れを告げ、夕暮れの松川浦を後に今日の宿へ向かった。

 翌日は長時間運転になるので、ルートと時間配分を考えながらメイコ酒を飲み、アテをパクつくうち、眠くなってきたので風呂に入ってすぐに寝た。


いつもより酒の回りが早かった気がしたが、メイコ酒のせいではないと思う。

2013年5月8日水曜日

宮城~福島縦断旅行 その2

4月30日(火) 後半

 利府バイパスを東進、チャーター船のある塩竈の小さな漁港へ向かうと、津波で破壊されたと思しき痕跡があちこちに。

 また、押し寄せた泥のせいで港が浅くなったらしく、浚渫作業中の看板が出ていた。

 港内をぶらぶら歩いていると、潮の引いた波打ち際で、黙々と何かを掘っている人たちがいる。

 「お昼休みの間に、アサリ取ってるの」とのこと。

 やがて船主が到着し、「海上の風がおさまらないので、やはり出船はできない」と詫びられた。
 
 他には
 「津波で使っていた船が流され、昨年ようやく再開できたところ」
 「この時期はフライだとあまり良くないが、良い時期はソイが浅場でライズする」
 「七ヶ浜の『松ケ浜』あたりなら風裏になるかもしれない」
 との話。

 まあ松島あたりもぐるっと回って、できそうな場所で竿を出してみます、と漁港を後にした。

 ナビで松島町方面への道を調べていると、奥松島の手前に「東名」という見覚えのある駅名が。


  この動画で強烈に印象付けられた地名。

 「…寄っていくか」


 観光客で賑わう瑞岩寺の門前を通り、海沿いの道を奥松島方面へ向かうと、動画にも出てきた陸橋の脇には代替バスの停留所が。

 陸橋を越え、運河の手前を右折し、東名駅へ。


 陸橋の土手にはシバザクラが植えられていた。


線路は撤去されていたものの、踏切横の駅名看板や、周辺のガードレールは津波の力でひん曲げられたままで、運河沿いは水門こそきれいになっていたが、周囲の法面はまだ壊れたままだったり、今まさに解体中の家屋があったりで、まだまだ復興にはほど遠い印象だった。


 南相馬のステッカーを貼った神戸ナンバーのジムニーがたまたま駅前にいたが、こちらを不審そうに一瞥するとすぐに走り去った。

 野蒜方面へ向かう道を右へ反れ、嵯峨渓から宮戸島へ渡り、小さな漁港で写真を撮った。



 さらに島の奥へ進もうとすると、道路の右手にあった小さな入り江の中、それは見えた。


 白いダイハツムーブが、泥の海の中にぽつんと浮かんでいた。


 あれから2年以上経っているのに。

 自分が今走っているこの道から流されたんだろうか。

 かつて自分が起こした、横転事故の時の記憶が蘇る。


 鼓動が早くなり、頭の中でまた葛藤が始まる。


 顔を両手でパンパンと叩き、気合を入れなおしてハンドルを握り、さらに道を行く。

 奥松島パークラインから宮戸の集落に入り、縄文村資料館の前でタバコ休憩。


 このあたりは、縄文時代から人の営みがあり、大規模な貝塚が見つかっているそうだ。

 「…ホテルへ向かおう」


 途中、またあの白いムーブが見えた。


 補修中の砂利道を進んで運河を渡り、東名の陸橋を越えて、再び国道45号線を塩竈方面へ。

 やがて杉の入あたりまで戻ってきたとき、ふと松ケ浜を勧められていたことを思い出し、ちょっと寄ってみることにした。

 先ほど見た光景もあって、躊躇はしたが、せっかく持ってきた道具を塩水に浸したいとも思った。




 外向きのテトラは大きすぎて乗るにはちょっと厳しそうだが、たしかに港内は風裏で、キャストに支障はなさそうだ。

 しかしいざカウントダウンしてリトリーブしてみると、とにかく藻やゴミがやたら引っかかる。

 あまり水質は良くないようで、水面を見るとアカクラゲが長い触手をなびかせて泳いでいた。

 結局数投だけして道具をしまい、写真を何枚か撮って松ケ浜漁港を後にした。


 途中、あちこちにある岩肌に、ぽこぽこと奇妙な穴が開いているのに気付く。

 古代の豪族の墓の跡らしい。


 ホテルに着いてひと段落した後、チャーターボートに払う予定だった金が浮いたこともあり、塩釜駅前の寿司屋で晩飯を食うことにした。

 特上にぎりを頼むと、定番ネタが並んだ大皿が出てきた。

 「美味い…」

 名高い漁業基地だけあって、どのネタも美味かったが、特にアナゴが絶品だった。

 アナゴは瀬戸内産も有名だが、身のやわらかさが全くの別物で、最初は蒸してあるのかとか、種類自体が違うのかと思ったが、どうも生息環境の賜物らしい。

 いくつかお薦めネタを美味しく頂いた後、口直しのイチゴシャーベットを頂くと、手作りらしいこれがまた美味かった。

 ありがちなイチゴ風味の何かではなく、ちゃんとイチゴの味がした。

 回転寿司やスーパーの安物で我慢せずに、たまには贅沢しないとなぁ、と痛感した。

 横に座っていた赤ら顔のおっさんがしきりに大将に絡んで、ちょっと鬱陶しいなぁと思っていたが、去り際に「たまにしか来られないけど、俺もこうやって復興には貢献しねぇとなぁ」とか言いつつ、ぱっと万札を数枚切った。

 目線の先を見ると、店内に津波の到達ラインの印が書いてあった。

 おっさんはガハハと笑うと、また来ると言い残して帰っていった。

 津波は駅前まで到達していて、店主たちは三階に避難して無事だったらしい。

 三階から写したという、泥水逆巻く当時の写真も見せてもらった。

 その後はホテルに帰って風呂に入り、移動の疲れもあってすぐに寝た。

 恐れていた悪夢は見なかった。

2013年5月7日火曜日

宮城~福島縦断旅行 その1

4月30日(火) 前半

 早朝に三ノ宮からシャトルバスで伊丹空港へ。


 事前のネット予約で予めQRコードを出力してあったのもあって、スムーズに搭乗手続きが終わったので、 喫煙室から空港内のフリースポットを使おうとNexus7を立ち上げてみたものの、電波が微弱すぎて使えない…。
 (後に待機ロビーの喫煙室でならまともに使えたことを知るも、時既にお寿司)


 一昨年の青森行きより大きめの機体でいよいよ飛び立つと、例によって雲海で視界が遮られてしまい、仕方なく志の輔がタイで披露したという落語を聴いて過ごす。

 …何のための窓際の席か。

 やがて着陸態勢に入り、阿武隈山地上空から一旦海へ出て、陸へ向かって雲の海を抜けると、視界には松林の残骸と、その向こうに広がる泥灰色の荒野と、せわしなく動く豆粒のような重機やダンプ。

 預けていた荷物を受け取り、レンタカー屋のマイクロバスで事務所へ向かうと、短い道中には廃墟と化したカラオケボックスや、倒れた看板なんかがそのままになっていて、到着した事務所の窓にも津波の水深のラインが。

 東南海発生時、自分が今勤める職場あたりの予想水深がだいたい同じくらいだったので、イメージより高い位置に驚いた。

 車を受け取って、空港のすぐ脇にある貞山堀を渡り、道沿いに北へ向けてしばらく走ってみると、そこらじゅうに基礎や門柱だけになった家の跡。


 遠目に一軒だけ生き残ったような大きな家も、近づくと一階部分が柱だけ。

 わずかに残った松林の中の空き地に車を止めると、目の前にはビニールを枝にぶら下げたまま立ち枯れた木と、足元の砂にはたくさんの陶器や屋根瓦の破片。


 さらに堅固で高い堤防を築くための工事をしているらしく、ひっきりなしにダンプが通っていく。


早くもこの時点で、「まだ早かったかもしれない」という思いと、「今しか見られない光景じゃないか」という思いの葛藤が始まっていた。

 松島湾での釣りのため、予約していたチャーター船の船主から「今日は海上の風が強いので出られないかも」という連絡が入ったが、まあ話も聞きたいし、行くだけ行きますと告げた。

 貞山堀の東側の道を、北へ向かって延々と走っていくと、やがてゆるやかに左へカーブしていき、再建されたばかりと思しき真新しい住宅街の脇を通って、仙台バイパスと交差する。

 真上には、空港方面とJR名取駅を結ぶ鉄道の高架があったが、しっかりした免震構造になっていた。

 阪神淡路の直前、宮城を大きな地震が襲ったとき、「仙台は昔から地震の多い土地柄」というのを聞いて、意外に思ったことがあった。 

 逆に言えば、それだけ普段から備えていた土地だったのに…とも言える。

 東北随一の都市と呼ばれるだけあって、仙台バイパスはかなりの量の車が走行していて、復興作業なのか観光目的なのか、様々な土地のナンバーをつけた車を見かけた。

 バイパス沿いは、ちょっと見ただけでは震災の影響を感じなかった。

 ラジオでも「GWで他県からお越しの皆さんへ『方言かるた』のお土産を」とかなんとか。

 やがて最初の目的地であるフライショップに着くと、店の前になにやら張り紙が。

 『4/29~30、お休みします』 … (ノ∀`)アチャー

 もうひとつのフライショップもNexus7で調べると

 「火曜定休」 …(ノ∀`)(ノ∀`)(ノ∀`)ジェットストリームアチャー

2013年5月6日月曜日

宮城~福島縦断旅行 前段

 あの大津波から3年目、そして終息の気配すら見えない原発事故。

 色々差し引いたとしても、テレビなんかでは津波や地震の被害なんて原発事故の影に隠れてしまって、まるでなかったような扱いになっている気がする。

 一昨年の青森釣行時に書いたように、良くも悪くも風化は確実に進んでいるんじゃなかろうか。

 ボランティアに行くほど殊勝な性格でもなし、尻Pみたいにカウンター片手に「ひとでなし」を貫けるほどの知識も根性もなし、自分みたいな凡人にすらなれないアホは、怪しげな連中が企画したデモに参加したり、出所不明な文章を盾にアジったり、庭に池掘ってうだうだ言うてるより、現地で散財したほうが多少なりとも貢献できるかなと。

 正直なところ、悪趣味だとは思いつつ、一度は現地を見ておきたい、という考えがあったのは否定しない。
 これには神戸の震災後、「被災地へ行くのは不謹慎」の声に、被災地見物を兼ねた観光客までぱったり途絶えて、三ノ宮の飲み屋街が軒並み怪しげな風俗店や、居ぬき系の店になっていく様を見てきたのもある。

 それに神戸の震災のときは、あらゆる意味で3年めが転機になったことがいくつもあったので、もう少し待ったほうがいいかも、とも思ったけど、そろそろいいかな、と。

 とはいえ、天候不順の予報も手伝って、本格的に予定を組みはじめたのは、またもやGWの数日前という体たらく。
 検索のたびに増えていくタブ、そして積み上がる費用、一昨年の教訓がまーったく身についてないわが身を前に若干の眩暈を感じながらも、行くと決めたんやから…と、宿代やレンタカー代以外は極力削らないように予定を組んだ。
 事故の影響で休業中の旅館に電話をかけてしまい、平謝りで電話を切ったりもしたけども…。

 予定はこんな感じ。

一日目:仙台空港から塩竈へ。昼から松島周辺でロックフィッシュ(チャーター)。
二日目:塩竈からフライショップを巡りつつ福島県の相馬へ。時間があれば周辺で何か狙う。
三日目:相馬から行けるところまで南下、阿武隈山地を大回りして、当日中にいわき入り。
四日目:いわき周辺の解禁済み河川で渓魚を狙う(ガイド付き)。
五日目:福島空港から帰着。移動途中にバスが釣れそうなら狙う。

 なんと「よくどしい」行程であろうか。

 先日買ったNexus7は、まさにこの旅行のための準備だったんだけど、先行投資のほうが現地で使う額より多くないか?という、セルフ突っ込みは華麗にスルー。

 今回もやはり飛行機は往復ともあっさり取れて、まだ影響あるのかな、と思ったりもしたけれど、関西における東北方面への航空需要、特に仙台はJALとANA(とIBEX)が就航していたりするので、そもそも便数自体が多めなのかもしれない。

 温泉場や娯楽施設近くの宿は軒並み埋まってたりしたので、近県や地元の人たち、団体客が活発に利用している感じ。
 まあ元々一人旅で温泉場へは泊まりにくいんだけど、そのへんは日帰り温泉とかでカバーするとして…とか、だいたいの予定が組めてから気がついた。

「フライの本数が足りない」

移動日の早朝にかけて、必死こいて毛鉤を巻きましたとも…。